16 / 60

Halloween Night 第1話

「ハロウィンのイベントだ?」 「そうなんスよ。そういえば龍さんは初めてですよね? ウチの店じゃバレンタインとか、下手すりゃバースデーイベントより派手っていうか……毎年すげえ気合入ってて。特に恒例の野球拳イベってのが超難題で、めちゃめちゃハードなんスよ!」  それを思い出したら気が滅入る――とばかりに、溜息まじりになる後輩ホストを横目に、(りゅう)は首を傾げた。  六本木店のナンバーワンとして活躍していたこの龍が、新宿店に移動してから早二ヶ月、秋も深まった十月末のことだ。当初、仏頂面で愛想がないと評判の悪かった彼も、それなりに店に馴染み始めた今日この頃――此処、新宿本店では恒例のハロウィンイベントに向けて、ホストたちが賑わいに湧いていた。 ◇    ◇    ◇  ホストクラブ【xuanwu(シェンウー)】には、年に何度かのイベントがある。  各々ホストのバースデーやバレンタイン、クリスマスパーティーといった類のものは、他所(よそ)の店とさして変わりはないが、それらのイベントとは少々発想を変えて行っているのが今回のハロウィンイベントだった。  競争激しいこの世界で店独自のカラーを強調すべしと、オーナー自らが発案したもので、開店当初からの看板企画だ。  どんな内容なのかというと――先ず、客の女性たちには終日無料で飲み放題食べ放題のバイキングが楽しめるという大盤振る舞いだ。それだけではなく、参加者全員にオーナーからキュートなデザインの”魔女”の衣装と、ホウキを象った純金製のチャーム、そして海外の某有名処の極上チョコレートがプレゼントされるという。この日ばかりは皆が同じ衣装を身につけてハロウィン気分を楽しもうというコンセプトなのだ。  また、ホストの側も女性たちの魔女に対して皆が揃いの”ヴァンパイア”の衣装を纏い、接待するというものである。そして極め付けは、そのコスプレのままでホストたちによる野球拳ゲームが披露されるというのが目玉であった。  野球拳企画  其の壱:  ホスト全員、強制参加でじゃんけんを繰り返し、誰かが全裸になるまで脱ぎまくれ! (ただし、パンツの代わりにトレーで大事なトコロを隠すのだけは許してね!)  其の弐:  贔屓のホスト君が下着一丁のところまで負けた場合、救いの手段としてボトルを贈ってくれることでリセットが可能。ボトル一本につき、一枚づつ服を着直すことが許され、元のヴァンパイア姿に戻ることができる!  という、何ともユニークなイベント――と、こう言えば聞こえはいいが、実際はかなり熾烈ともいえる。ある種、ギャンブル的な高揚感を味わえる催しなのだ。  普段の指名制も取っ払い、誰の係という概念もなくして、皆で盛り上がろうというわけなのだが、客にとっては自分の贔屓にしているホストが負け越せば、バースデーイベントばりに()ぎ込まなければならないわけで、ちょっとしたハラハラ感を強いられる。  対するホストたちにとっては、酸いも甘いも現実を突きつけられる瞬間となるわけだ。野球拳に負けた段階で救済用のボトルを入れてもらえなければ、全裸晒しという悲惨な罰ゲームが待っている。如何に客に楽しんでもらう為のイベントとはいえ、さすがにそこは回避したいところである。  故にホストたちは万が一の時の為、自分を贔屓にしてくれる客たちに、事前に手を回しておくことが必要になってくるというわけだった。  そしてもうひとつ、やはり賑やかで楽しいイベントというからには、単にボトルの本数を競わせるだけではない。お目当てのホストに何でも希望を叶えてもらえるという特典付きなのである。  例えば、  1.口移しで酒を飲ませてもらう――とか、  2.トレー一丁、全裸状態の彼を三分間好きにできる。  3.一回分の同伴及びアフターの完全独占権と全額無料券を進呈。  4.皆の目前でお目当ての彼とディープキス、などが過去の実例だ。  運が良ければ無料(タダ)で野球拳を楽しみつつ目の保養――になるかどうかは別として――まあそれなりに得して楽しいひと時が過ごせますよというのが売りなのだった。  そんなわけで、此処club-xuanwuのハロウィンイベントは、バレンタインやクリスマスをしのぐほどの人気催事となっていた。  その日が近付くにつれてホストたちの気もそぞろになってくる。イベントを一週間後に控えたロッカールームで、男たちはどれだけの太客を呼べるかなどと、探り合いに闘志を燃やしていたのだった。

ともだちにシェアしよう!