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Nightmare Drop 第3話

 そんな数ある客の中でも高瀬はいつも紳士的で、波濤を大切に扱ってくれていた。夜を共にしたい時は事前にそう言ってくれていたし、だから今日は突然のことで少々驚かされてしまったわけだ。 ――が、もっとびっくりさせられたのは、この直後に高瀬から飛び出した言葉だった。 「ねえ波濤――今日はその格好のまま抱きたい」 「え!? あの、えっと……でもこれ……せっかくの着物がもったいないんじゃ……」  こんな格好で事に及んだら、皺やら汗やら、はたまたもっと別の汚れやらで台無しになりそうなのは目に見えている。だが、高瀬はそんなことはまるで気にもとめずといった調子で、こう続けた。 「そんなもの、またいくらでも選んであげるさ。これは単なる僕の趣味……なんだけれど、せっかく着物を着ているんだ。今夜は付き合ってはもらえないかい?」  趣味――着物姿のまま抱きたいというこれが、この男の趣味だというわけなのか。そういえば敷かれた布団といい、この部屋の感じといい、ともすれば映画にでも出てくる遊郭のような雰囲気だ。何ともエロティックというか淫猥さを醸し出している。  戸惑う間もなく背後から抱き(すく)められて、波濤はビクリと肩を震わせた。 「そんなに怯えないで――。酷いことはしないよ、約束する。ただ――」  ただ――? 何だというのだ。その先の言葉を聞いてしまうのが少し怖くも思えたが、おくびにも出さずに波濤はわざと明るさを装ってみせた。 「高瀬さん、これってもしかしてコスプレってやつですか?」  おどけてみせるも、抱き締められた腕の力は一向に弱まらない。 「コスプレ――ね。まあそんなものかな。キミは色気があるからこういう趣きも似合うんじゃないかって思ってね」 「……色気なんて……もったいない言われようです……よ」 「緊張してる? 少し声が震えてるよ」 「あ、いえ……その……突然だからちょっとびっくりしてる……だけ。……いつものホテルと違って、この部屋もすげえ豪華だし……」  とりあえずおべっかを言うも、声の震えは治まらない。  そもそも此処は料亭ではないのか。客の要望によっては、こんなことにも応じる店なのだろうか。ふと、そんなことが脳裏を過ぎったが、 「ん――、キミの為に選んだんだ。今夜はもう誰もこの離れには来ないように申し付けてある」  高瀬の言葉から、やはり単なる”料亭”ではないのだろうと思えた。 「……そうなんです……か。じゃあ、今夜はここに泊まっちゃう……とか?」  相も変わらず明るさを装ってそう相槌を返し――だが、身体に奇妙な異変を感じたのはその直後だった。  頬が異様なほどに火照るおかしな感覚と、抱き締められて触れ合っている随所からムズムズとしたような違和感が絡みついてくる。背筋がゾワゾワとうずくような感覚だ。  以前にも一度だけ体験させられたことがある――独特の逸るこの感覚が、おそらくは催淫剤によるものだと確信した時は既に遅かった。 「ごめんよ、波濤――さっき勧めた熱燗の中にね、媚薬を少しだけ。もう効いてきたかい?」 「……!? 媚薬って……高瀬さん!」  高瀬を振り返り、拘束を振り解こうとするも、身体は言うことを聞いてくれない。勢いをつけて身をよじったせいで、敷かれた布団の上で膝をついてしまった。  そんな様子を気遣うふりをしながらも、これ好機とばかりに、高瀬はすかさず後ろから抱き包むように押し倒してきた。 「あ……の、高瀬さん――ッ!」 「そういう他人行儀な呼び方はよそうって、さっき約束したばかりだろう? もう忘れちゃったのかい?」  そんなことを言われても、咄嗟のことで対応できる余裕はない。しかも高瀬の息遣いは荒く、かなり興奮していることを物語っていて、焦燥感がこみ上げた。 「波濤、頼むよ――今夜だけでいいんだ。金はいつもの十倍払う。だから……僕の長い間の望みを叶えてくれないか――」

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