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Allure 第5話

「よせっバカ……龍ッ……! 服、破れる……っ」 「いい、弁償してやるから気にすんな! このシャツも……ベルトも、全部弁償すりゃ文句ねえだろうが!」  どうせ金を払うんだ、だったら服の一着や二着増えたところでどうってことはねえ。まるでそう言わんとばかりに睨み付けてくる視線の端に、ひどく傷付いたような感情が垣間見える。  ボタンが弾けて飛ぶ程にシャツを引き千切られると同時に、乱暴に引き抜かれたベルトの革が(きし)んでヒビが入るほどの勢いで両腕を(くく)り上げられた。彼自らもシャツを脱ぎ捨てて、癪に障ったようにジッパーを下ろし(はや)った雄を露にする――そんな龍の表情は、複雑な気持ちを色濃く映しながら歪んでいた。  噛みちぎるように胸の突起を舐め上げられ、ボトムも下着も一気にずり下ろされて、まるで()るだけが目的の強姦そのものだ。身体中のどこかしこに容赦のない深い爪痕が散らされていく。  心無いひと言が彼をこんなに狂暴に駆り立てた。  原因は自分だ。  そう思うといてもたってもいられずに、だが今更都合のいい謝罪の言葉など浮かぶはずもない。波濤の瞳からは大粒の涙が滲み出しては、こぼれて落ちた。 「……っ……うっ……」  抑え切れない嗚咽と共に、しゃくりあげるように泣き崩れていく波濤の肩の震えで、龍はハッと我に返った。 ◇    ◇    ◇ 「波濤……?」  肩を震わせ、背を丸め、泣き濡れる瞳がぐっしょりと潤んでいた。龍は驚き蒼白となると、 「……済まねえ……ついカッとなって……」  自分でも驚愕だというように声をうわずらせてそう謝ると、震える肩ごと抱き包むように額と額とを突き合わせて謝罪した。 ――悪かった。  重ねられた頬と頬とが涙に染まる。  白いシーツに伝ってこぼれるのはどちらの涙なのか、或いは双方の(しずく)が溶け合ったものだったのかも知れない。 「ご……めん、俺の方こそ……あんなことっ、言うつもりじゃなかっ……」  堪らずに、波濤は龍の胸へとしがみついて謝った。  あんなことを言うつもりじゃなかった。本心じゃないんだ。  本当はこんなふうになることを望んでいた。  今日も――もしかしたら強引に、あの夜のように求められることを期待していなかったわけじゃない。それなのにどうして俺は素直になれないんだろう、どうして気持ちとは反対のことばかり投げつけてしまうのだろう。  ただの臆病というだけじゃない。俺には素直にお前の気持ちを受け入れられないワケがある……。  その腕に飛び込めない理由があるんだ。  そんな思いを封じ込める代わりに、声を上げて泣き濡れた。逞しい胸板で涙を拭うように、云えない言葉に代えて泣き濡れた。 「……けよ……抱けよ龍、俺の……ことが……嫌いじゃねえなら……」 ――せめて今だけは全部お前のものにして欲しい。 ◇    ◇    ◇  激しい想いをぶつけ合うように二人は無心で互いを貪り合った。  熱と熱とを、(たぎ)りと(たぎ)りとを溶け合わせるように求め合った後、白々とし始めた窓の明かりに瞳を細めながら二人は身を寄せ合っていた。 「悪かった……結局暴走しちまった……」  身体は大丈夫かとばかりにやさしく何度も髪を撫でられるのが心地よい。背後からすっぽりと抱き包まれるのがこんなに気持ちのよいものなのか、ぼうっとそんなことを考えながら波濤は穏やかに瞳を閉じていた。  確かに身体はダルいし、腰は重い。けれども気持ちはあたたかく穏やかで、深い幸せを感じさせてくれる。 「波濤……好きだぜ。お前が好きだ……」  頬擦りをしながら耳元で囁かれる声が、僅かに掠れていて甘やかだ。この声をずっと聞いていたい、ふとそんな衝動に駆られる。いつまでもずっと、もしも叶うものならば聞き続けていたい。  波濤は切々とこみ上げてくるそんな感情とは裏腹に、それを隠さんとばかりに明るさをつくろって龍を振り返った。  そして少しおどけたような調子でクスッと笑ってみせる。 「俺さ、昨日のおねだりゲームん時……お前に口移しをねだってる子を見た時さ。なんかすっげ苛ついたっつか……頭ン中モヤモヤして、ぐちゃぐちゃって感じになった。皆、盛り上がってんのに一緒にはしゃげねえっつーか、それって何だろな?」 「――好きってことじゃねえ?」 「え……?」 「お前も俺を好きになった。だから妬けた」 「はは……! そりゃ逆だろ? あんな可愛い子に口移しなんて許せねえって方で頭きたってのがフツーじゃねえ?」 「は――、そっちかよ」  利き腕で腕枕を作ってくれつつ、もう片方の手を自らの額に当てて、『参ったな』というように鼻先で笑う。そんな仕草に心の奥がキュッとつままれるように甘く痛んだ。 「嘘だ……よ」 「――ん?」 「ホントは……ちょっと……妬けたかな」  聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で波濤は言った。 「ん、聞こえねえよ。波濤?」  髪に指を絡ませ、愛しげに微笑(わら)う。ずっとこの腕の中で温もっていたい――心からそう思った。 「龍、俺さ……」  ホントはすっげえ妬けた。ボトル一本で堂々とお前に触れられてキスされて、羨ましいって焦れたんだよ。  そんな想いを自分の胸の内だけにしまい込んで、波濤はクスクスと笑った。 「何だ、おかしな奴だな」 「いいじゃん、別に。俺、もともとおかしなヤツだし」 「じゃあ、もっとおかしくしてやるか? ん――?」  龍はまるで甘やかに、もう一度するか――と言いたげに悪戯そうに笑った。 「……ったく、この絶倫野郎が……!」 「いいじゃねえか。お前だってその方がいいだろうが」 「良くねえって、バッカ……」  互いの額や鼻先、頬を軽く突き合いながら笑い合う。布団の中でじゃれ合うこんなひと時がこの上なく幸せだと思えた。  にじみ出す涙が抑えられないほどに――幸せだと思えた。

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