31 / 60

Red Zone 第4話

「得意……だと?」  冷めた視線からは、明らかに侮蔑の意図が滲み出ている。わざと平坦に、低く抑えた声音がより一層彼の心情を物語ってもいた。 「や、違ッ……そ……んなんじゃ……ねえって……!」 「だからってそんなこと平然と言うか? 仮にもこういう雰囲気ン時によ?」 「……っからっ……悪かったって……! ……んな、つもりで言ったんじゃねえし……」 「じゃ、どんなつもりだ。詳しく訊きてえもんだな」 「どんなって……だから言葉のアヤっつったろ! 意味なんかねえしっ……いちいちしつけんだよッ!」  確かに気分を削ぐようなことを口にしたのは認めるし、悪かった。だから素直に謝ったんじゃないか。それを逐一掘り返して責め立てられたところで、どうにもしようがないだろう。第一そういうことを知っていて今現在こういう関係になっているんだろう、隠していたわけじゃない。今更だ。  逆にそんなことで拗ねるなんて、大人げないにもほどがある。さらっとジョークで受け流すくらいの余裕はないのかと、苛立ちまでもが湧き上がる。  成りは立派過ぎるくらいのくせにして、まるで子供の癇癪だといわんばかりに、波濤も反抗心を剥き出しといった調子で、ソッポを向いてみせた。  だが、龍の方もおいそれとは怒りも引っ込みがつかないわけか、波濤の反抗的な態度がそれらを煽り、一触即発といわんばかりに二人は互いを睨み合った。 「ふ……ん、なら二度と他のオトコとヤろうなんて気が起きねえようにしてやるよ……!」 「……痛えっ……て! 放せバカ……!」 「男だけじゃなくて女もか? お前、両刀だもんなあ? そーゆーオイタは不謹慎だろ? だったら二度と……誰ともデキねえようにしてやろうかって言ってんだ!」 「ちょ……っ! 龍ッ……!?」  龍は波濤を腹這いにして組み敷くと、逃げられないように馬乗りに覆い被さって、彼の首筋に吸いついた。 「痛ッ……てーよバカッ! ……んなとこにキスマークなんかっ……つけんじゃねえッ……!」 「……うるせえ、少し黙ってろ!」 「よせバカッ! マジでっ……ンなことしたらアフターん時困るっつの!」 「アフターだ?」  より一層低く冷たい切り返しのひと言に、またもや失言したと気付いたところでもう遅い。 「へぇ……この期に及んでまだそんな口叩けんのか? しかもアフターだ? キスマークがついてたらやばいアフターってのはどういうのか……それこそ詳しく説明して欲しいもんだな」 「…………ッ」 「俺なんか(メシ)食ったりドライブしたり、いろいろあるぜパターン。てめえのアフターってのは客と寝ることしか……ねえのかよッ!?」  売り言葉に買い言葉のようなやり取りで、互いを侮蔑し合うのは望んだことじゃないにしろ、最早どちらからとも止められない。癇癪のままに、思ってもいないことまでが口をついて飛び出してしまう。  龍は怒り頂点といった調子で、波濤の両腕をガッシリと掴み取ると、脱ぎ捨ててあったシャツで乱暴に縛り上げた。 「なら……二度とアフターなんか行けねえようにしてやんよ! こんりんざい人前で脱ごうなんて気ィ、起こせなくしてやる――!」  まるで全身のすべてを吸い尽くしてやるとばかりに、首筋から肩先、背中、腕、そして脇腹と、次々に噛み付く程の愛撫を施しながら、色白の肌を紅い痕で侵していく。隙間なく全身を吸い尽くすと、今度は表裏を引っくり返して、胸元から腹までありとあらゆるところに”誰かと交わったという証”を撒き散らした。 「やめ……ろ……バカ……! 痛ッ、痛えよっ……いッ……龍ーっ!」  これだけしつこく全身に痣を付けられれば、ただでさえ熱が出そうなくらい(うず)いて痛い。ただ吸われるだけでも熱を持つのに、ところどころを怒り任せに噛られたり引っ掛かれたりしながら、波濤にはもう抵抗の余力など微塵も残ってはいなかった。  それからは互いを詰り合う言葉の止んだ代わりに、ゼィゼィと荒い吐息だけが閉め切った部屋にこだました。合間に時折混じるのは苦痛にうめくような、それでいて快楽に堪えるような、どっちつかずの嬌声のような声だけだ。それは龍のものなのか、あるいは波濤の声なのか、当人たちにさえも解らないくらいに、憎しみと嫉妬の入り交じった慟哭の時間はしばらく続いた。

ともだちにシェアしよう!