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Red Zone 第5話

 気力も体力も果てた頃には、既にどっぷりと陽も暮れていた。  カーテンの隙間からは灯り始めた街の気配が僅かに覗いている――日の短いこの時期、外はもう夜だ。龍も波濤も無言のまま、何を話す気力もなしといった感じで、ベッドに身を投げ出していた。  喉が乾いた。トイレにもいきたい。だが少しでも寝返りをしようものなら、身体中が腫れて熱を持っているせいか、シーツに擦れた肌がビリビリと痛んで、波濤は思わず顔をしかめた。 「……っう……」  モゾモゾと苦しげに動く気配とうめき声、そんなものにウトウトとしかかっていた意識を揺り起こされ、ふと触れた隣の肌がひどく熱くて、龍は暗闇の中で驚いたように身を起こした。  波濤――――!?  すぐ隣でダラリと放心しているような気配に蒼白となったところで今更遅い。  またしても暴走して、取り返しのつかないような抱き方をしてしまったと気付いても、後の祭りだ。毎度のことだが、自らの学習能力のなさを目の当たりにして、龍はガックリとうなだれた。  だがもう謝る気力もない。正直なところ謝るつもりもなかった、というのが正しいのかも知れない。例え辛い目に遭わせてでも自分だけのものにしたかった――それだけだ。  龍は無言のまま波涛の肩先に頬を寄せ、瞳を閉じてじっとしていた。波涛もそんな男の態度を拒む気力は更々ないといった調子で、ただじっと仰向けのまま彼のしたいようにさせておく。肩先に触れる龍の髪をどけるわけでもなく、うっとうしがるわけでもなく、ただただ無心といった調子で(くう)を見つめていた。 ◇    ◇    ◇  そのまま眠ってしまい、次の日、波涛が店に出る前に一旦自宅へと戻って行くのを、龍は格別の感情もないままに見送った。激しい昨夜の出来事が未だに続いているような、あるいは夢幻のような、そんな呆然とした気怠い昼だった。  二人が再び顔を会わせたのは仕事先であるホストクラブxuanwuの店内だった。龍が入店した時には、既に波涛はいつものようにテーブルについていて、相変わらず後輩や客らと盛り上がっているふうだ。  その楽しげな様子を遠巻きに見つめながら、心持ちホッと胸を撫で下ろす。少し時間を置いてみれば、いささか暴走し過ぎた感がひしひしと身に沁みてくるようでもあって、やはり不安だったからだ。  今日は店がハネたらきちんと謝ろう、言葉で伝えなければいけない時もある。確かに昨夜は行き過ぎた。嫉妬にとち狂ったことが悪いとは思わないが、それでも彼を乱暴に扱ってしまったのは事実だ。如何に気持ちの裏返しだとはいえ、やはりきちんと向き合って謝るべきだろう、そんなことを考えながら龍は自身のテーブルで呆然としていた。  左程広くもない店内に時折響く笑い声、波涛の席ではヘルプの後輩や客たちが楽しげに盛り上がっているのが分かる。いつものことだ。  だが今日は、やはりいつも以上に彼の席が気に掛かってならなかった。  身体は大丈夫なのか、全身につけた痣の数々やキスマーク、それらがうずいて熱を持ったりしていやしないか。激しく抱いたせいで辛いことになってはいないか、ハラハラとそんなことばかりが気に掛かる。気付けば、幾度も幾度も彼のテーブルを視線が追ってしまっていた。 「龍? どうかした?」  客の女が隣から心配そうに覗き込んでくるのにハッとして我に返り、その度にガラじゃないと苦笑いが漏れて出る。 ――遠目に見る波涛の肩先にも、同じようにして客の女性が寄り添っている。  まるで甘えるように、そして、先程から時折拗ねるような彼女の機嫌をやさしく窺っている素振りを目にすれば、それこそガラじゃないがチクリと胸の奥が痛んだ。  読唇術――というわけではないが、無意識に彼らの唇の動きを追ってしまうのも信じ難い。 「どうして!? 今日はアフター付き合ってくれるって約束したじゃん! 私のことなんてどうでもいいんだ……」 「そんなんじゃねえよ。違うんだ……ごめんな。俺、今日はホントに調子悪くってさ。ちょっとね、熱が出ちまったみたいで」 「え、そうなの? あ、ホントに熱い! 大丈夫?」 「ん、ヘーキヘーキ! バカは風邪引かねえってのにおかしいなぁ」 「やだぁ、波涛ったらー。でもマジで平気? 辛いの?」  彼の額を触り、熱を計るような仕草をし、そして心配だと繰り返しながらうな垂れかかる。  無論、はっきりと会話が聞こえる位置ではない上に、唇の動きからだいたいそんなふうなやり取りをしているのだろうと勘ぐっただけだが、それでも龍は心穏やかではいられなかった。  店の中でまでこんな気持ちになったのは、初めてだったかも知れない――。

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