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Red Zone 第8話
本来ならば、身体はキツイ上にアフターまで断らざるを得ないハメになって、商売妨害だと詰られても当然だ。いっそのこと『てめえのせいだ』と怒鳴ってくれた方が数倍マシだった。
龍は耐え切れずに大声でその後ろ姿を引きとめた。
「おい、待ってくれ波濤っ……! その……済まねえ……俺、昨日は本当に悪かった。解ってんのに行き過ぎて……あんなこと……」
波濤はピタリと足を留めると、そのまま振り返らずに――だが話には耳を傾けるといった意味なのか、その場にじっと立ち止まっている。
やはり本心では少しの怒りを持ち合わせているのか、こちらを振り返ろうとはしないその背中がひどく遠いものに感じられて、切なさと申し訳なさがこみ上げる。
「悪かった……自分でも何やってんだって……思うけど……ホントにマジで済まねえ……っ」
それ以上は言葉にならずに、けれども波濤の後ろ姿を見続けていることもできずに、龍はただただうつむいて唇を噛み締めるしかできなかった。
波濤からの返答はまだ、ない――
けれども立ち去ろうとする気配もない。
龍は必死に気持ちのままを吐き出さんとして言葉を選べずに、言うつもりでなかったことまでが口をついて飛び出してしまった。
「悪かった。だが……どーしょーもねんだ……お前のことになるとワケが解らなくなって、さっきだって……あんなの見せられたら……」
「……? あんなの……? って何だよ、それ……」
そうだ、あんな――!
頭では理解できている。あの状況ならどんなホストだって波濤と似たようなことをしただろう、かくいう自分だってそうに違いない。
言葉の上手い下手は別としても、女をなだめすかすのに甘い言葉は当たり前。何ならキスのひとつやふたつ、抱擁のひとつやふたつなど当たり前の手段だ。
それが仕事だから、そんなことは嫌というほど承知の上なのに、何故これほどまでに心が痛むのだろう。
何故こんなにも掻き乱されて、叫び出したくなるほどに――どうしようもない何かが身体中をえぐるようだ。
――こんなことは初めてだ。
自慢じゃないが、クールさが売りだと思っていた。客に対しても熱くならずに、のめり込まずに、常に冷静沈着が自身の持ち味だったはずだ。それはホスト業をする以前からも変わらない。では今のこの気持ちは一体何だというのだろう。
ガラじゃない、そうだこんなのは俺のガラじゃない。何度そう思っても、言い聞かせてもどうにもならない。身体中を掻き毟られるような感覚がまとわり付いて離れない。
(お前を想えば瞬時に苦しくなって、呼吸もままならなくなって、気持ちだけが逸り先走る。抑えきれない何かが爆発しそうになるんだ……!)
噛み締めた唇が切れそうなくらい、
握り締めた拳が潰れそうなくらい、震えていた。
長身の背中を震わせて、
行き処のない気持ちと戦いながら、龍は震えた。
「……っ、マジで済まねえ……っ、けど俺……俺は……」
(お前のことが――)
静まり返った廊下に長身のシルエットが二つ――それぞれの秘めた熱い想いとは対極に、静かにたたずんでいた。
◇ ◇ ◇
「……ったく、お前でも一応やべえことしたとか思うことあんだ?」
え――――?
「心配してくれてんのかって訊いてんだ」
未だ背を向けたままでポツリとつぶやかれた言葉がそう聞こえたのは、廊下に反射したせいじゃない、波濤は確かにそう言った。龍は瞳を見開き、何かに縋り付くように目の前の背中を見つめた。
「……波……濤?」
「なら……そんならちゃんと面倒見ろよな。責任取って腫れた傷の手当てして、添い寝してカラダ温っめて……」
「俺が……していいのか?」
「てめえで付けた傷だろが……? だったらてめえで介抱しろって……そー言ってんの!」
クルリと振り返った彼の視線はやわらかにゆるみ、悪戯そうに微笑んでいた。
驚きで何も言葉にならない龍の大きな瞳を、真っ直ぐに捉えて微笑んでいた。
「俺ン家は狭えし、ベッドも小っせーから……お前ン家な?」
「……波濤、それって……」
「車代はお前持ちな? 飯も作れよ!」
分かったら帰るぞ、とばかりに手招きする腕ごとを掴んで抱き締めた。
背後から堪らずに、気付けばギュッと抱き包んでいた。
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