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Red Zone 第9話

「波濤……! ごめっ、済まねえ……俺……」 「も、いいって。お前がしょーもねえ奴だってのはよく解った。見境いねえし、限度知らねえし……その上すっげ、ヤキモチ焼きだし?」 「悪ィ……マジで反省してる……けど俺は、ホントにお前のことが……!」  今だって本当は嫉妬でおかしくなりそうなんだ。  一緒に帰って部屋で二人きりになったりしたら何をしちまうか分からない。  昨夜よりももっと酷いことをしてしまうかもしれないというのに――。  それでもお前はまだそんな言葉を向けてくれるというのか? 俺を許して求めてくれようというのか? 「波濤……! 好きなんだお前が……! どうしょうもねんだ……」 「バカたれ……ンなの……解っ……」 ――そう、解ってるよ。  それに本当は俺だって同じ気持ちなんだから。  どんなことをされても、例え熱が出るくらい乱暴にされても、うれしいなんて思えちまうくらい、どっぷりお前にイカれちまってるのは同じだ。  そんな言葉を心に秘めて、呑み込みながら波濤は微笑った。 「……まだカラダ痛ぇんだからよ……んなギュウギュウ締め付けんなっての! しかもココ、店! 誰かに見られたらどーすんだって! 早く帰んぞ!」 「見られたっていい……構わねえ!」 「……っの……バカやろ……が」  仕方ねえなといった調子でそう言って、だが横目からチラリと覗いた波濤の頬が恥ずかしそうに染まっているのを目にすれば、龍にはとてもじゃないが平静で居られないほどに、たまらない気持ちでいっぱいにさせられてしまった。 「波濤……ちょっと――」 「……あ? ちょッ……龍! どこ行くんだって、お前……」  いきなり腕を取り、足早に廊下を駆け、龍が波濤を連れ込んだ先は普段は使わない予備の椅子やらテーブルなどが積まれている倉庫代わりの部屋だった。  家具類の隙間、その向こうに窓が見える。灯りは――ない。唯一はその窓から差し込む街の喧騒を映すネオンの揺らめきだけだった。 「何だよ、いきなし……! こんなトコ来てどうしようって……んだ」  語尾を取り上げるように、龍は波濤を抱き締めてその唇を奪った。そうせずにはいられずといった調子で、無我夢中でキスを仕掛けた。 「……おい……龍……ッ!」 「悪い――我慢できなかった」  ようやくと解放された抱擁と同時に、額と額をコツリと合わせられ、波濤の方はしどろもどろに視線を泳がせる。  突然の強引なキスで赤くなった頬を悟られたくなかったというのもある。と同時に、もう少しこの先を望みたいような、もっともっと強引に奪われてしまいたいような欲望がチラリと自身の背筋を伝ったのに気が付いて、更に挙動不審になり掛けた。  そうだ。この雑多な倉庫に無理矢理連れ込まれて、昨夜のように激しく全てを奪われてみたい――  今、この場で(むし)り取るように服を剥がれ、乱暴にされ、この熱い唇で身体中の方々を求められたい。こんな場所で何をするんだと諫める自分を押し倒し、拘束して、我が物顔で掻き乱されて、犯されたい。そんな想像が瞬時に脳裏を過ぎっては消えていく―― (何……考えてんだ、俺は――)  次から次へと湧いて出る淫らな妄想を振り切ろうと、波濤はフルフルと頭を振った。そして、わざと明るくおどけた調子で目の前の胸元に軽いジャブを見舞う。 「バカやろ……戯けたこと……してねえで早く帰って飯作れ。添い寝しろ。傷も手当てしろって……な?」 「ああ、する。何でもするぜ。全部、何でもお前の言うがまま……添い寝だけってのはすっげ辛えけど……」 「自業自得だな?」 「……ああ、そうだ……」 「ふぅん? 珍しいな、お前が言い返さないなんて。いつもだったら、多少非があろうが俺様丸出しでやり込めてくるってのに?」 「――それだけ反省してるんだ」 「へえ……? お前が反省ねぇ?」 「波濤――」  急に真顔になったかと思いきや、じっと食い入るように見つめられ、 「好きだ――」  吐息に擦れた音が乗っただけの、ひどく淫らな声音がそう囁いた。 「……え?」  顎を持ち上げられ、顔を傾けさせられて、今しがたのよりも甘く乱れたキスを仕掛けられれば、すぐにも心拍数が加速した。 「……ッ」  またもや淫らな妄想に支配されそうになり、慌ててみぞおち辺りを目掛けてもう一発、軽いジャブを繰り出す。 「……ッ! いつまでこんなクッソ狭え所にいねえで……! か、帰んぞ!」 「ああ、分かった」  チュッ、と耳たぶに触れた口づけに、波濤は『懲りない野郎だ』 といったふうに今夜三発目のジャブを見舞い――だがすぐにフッと瞳をゆるめると、あふれる幸福感を噛み締めるような表情で愛しい男を睨み付け、そして微笑った。  通用口の扉を開ければ、真冬の夜の北風がビューと音を立ててやわらかな髪を吹き上げる。 「三発か――まさにノックアウトってやつだな」  ニヒルに口角を上げて龍が嬉しそうに呟いた言葉も、風に乗って凍てつく夜空へと吸い込まれていった。 - FIN - 次エピソード『Double Blizzard』です。

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