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Double Blizzard 第3話
菊造の言うには、自分から父親を奪った冴絵と波濤を許すことはできない。本妻である自分の母も、夫の不倫に酷く心を痛めて塞ぎがちだ、だから慰謝料として毎月決まった額の金を払ってもらいたい――そう要求されたのがホスト業界に入るきっかけだった。
香港で生まれ育った波濤にとって、初めて訪れた日本の地で即金になる仕事など思い付こうはずもなく、そんな時、インターネットで知ったのがホストという職業だった。
黄氏の下で暮らしていた波濤は、将来大人になった時に一人で生きていけるようにと、ディーラーの技を教え込まれて育った。が、この日本でそれを発揮できる職場は見つけられなかった。かといって香港に帰ることは、菊造によって猛反対されてしまった。すぐに手の届かない海外になど逃げられたら慰謝料が取れないと踏んだのだろう、致し方なく日本の地に留まることを決意したのだった。
「あんたさ、ここ二ヶ月ばかり菊造さんに支払う金が滞ってるっていうじゃねえの。どうなってんのか訊いて来てくれって、俺たちはそういう用件で今日あんたに会いにやって来たってわけ」
なるほど、そういうことだったのか――この男らの、客としてはそぐわない雰囲気の理由が分かっただけでも納得だが、正直波濤は返答に困らされることに変わりはなかった。
「すみません……払いを待ってもらってるのは本当です。ですが、ちょっと工面が間に合わなくて……もう少し時間をいただけないでしょうか」
唇を噛み締めたいのを抑えながら、波濤はそう言った。
「時間……ねぇ」
「すみません……」
「あんた、ここのナンバーワンなんだろ? 相当稼いでんだろうが。女や遊びに使う金をちょっと我慢して融通するだけでいいんじゃねえの?」
「いえ……正直、生活費でギリギリなんです。あとは全て菊造さんにお渡ししています」
「ふぅん、あんたも苦労してるってわけか」
「金は……必ずお渡しします。ですからもう少しだけ時間をくださいと……」
「そうやって今月分を繰り越したにしても、来月はどうすんのよ。どんどん借金が膨れ上がるだけじゃねえの?」
「それまでには……何とかします」
「何とかだー? そんなん、信じられるかよ」
確かに――返す言葉もない。
「ま、いいや。今日はそんなあんたに即、金になるいい仕事を紹介してやってくれって。菊造さんにそう頼まれて来たわけよ」
その言葉に波濤は思わず顔をしかめさせられた。
「仕事……ですか?」
「そう! この後ちょいと付き合ってくんない? 少し早めのアフターってことで、店には適当に言って出られるだろ!」
「ですが……急にそう言われましても……」
「あんたに選択肢なんてねえはずだぜ? 先月と今月の分、合わせて四百万を超すって聞いてるけどな。あと半月もすりゃ来月になっちまうだろ? そしたら六百万超えてくるぜ?」
「――――ッ、それは……」
「何、上手くすりゃ超短時間に大金稼がせてやろうってんだ。悪い話じゃねえだろうが。そう迷うこたぁ、ねえだろ? おとなしく付き合いなって!」
そこまで言うと、男は連れの三人に『行くぞ』と顎をしゃくって合図し、有無を言わさずといった調子で立ち上がった。
「おら! 早くしな! とにかくおとなしく付いてくる方が身の為だぜ?」
下っ端らしき男らに両腕を抱えられるようにしながら無理矢理立ち上がらせられた。
部屋を出ると即座にフロアマネージャーの黒服がすっ飛んでやって来た。他のホスト連中も個室内の様子が気になっていたのか、チラホラと視線が集まってくる。
「おい、この野郎を客たちに見られねえように注意しろ」
頭らしき男が、波濤を拘束している後ろの三人にそう耳打ちする。男たちは急ぎ足でフロアを抜け、出口へと向かった。
「あの、お客様……! 如何なされましたか」
店の入り口扉の手前に立ちふさがるようにして黒服が割って入った。
彼らが入店してから、まだほんの三十分程しか経ってはいない。しかも波濤が男らに引き摺られるようにして取り囲まれている様子にも焦りを隠せないといった表情で、黒服は眉をしかめた。
そんな様子をごまかすように、
「なぁに、ちょっと早いがアフターに行こうって話になってね。あー、それと今日の払いはこの波濤君にツケといてね!」
男はまるで逃げるようにして黒服を突き飛ばし、あしらうと、連れの三人に退路を塞がせるようにしてサッサと店を出て行ってしまった。
「あの、お客様! お待ちください……!」
ただならぬ様子に、黒服とてみすみす引き下がれるはずもない。
「波濤さん! 待ってください!」
さすがに不味い雰囲気に、躊躇せずに客らの腕を掴んで引き留めんとしたが、
「邪魔だ、退け!」
本性を現わした三人の男たちに再度胸ぐらを押されてしまった。
肝心の波濤とはひと言も言葉を交わすことができないままで、行く手を阻まれてしまう。ようやくと店の入り口に出たと思いきや、待機していたらしいワゴン車に押し込まれるようにしながら波濤が連れ去られてしまうのを、目視するだけで精一杯であった。
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