42 / 60
Double Blizzard 第6話
「俺と波濤を引き合わせて恋人同士にするのがお前の目的だったってわけか? なら、もしも俺たちが互いに興味を持たなかったらどうするつもりだったんだ」
そう、もしも思惑が外れた場合、帝斗はいったいどうするつもりだったのだろう――と、思うところはそこである。
「僕は別に恋人になって欲しいと望んでいたわけじゃないさ。ただ、理解し会える同僚とか……そうだな、親友とか? そういった仲になってくれればいいとは思ってたよ。お前さんたちが恋仲になったのは正直なところ予想外だった」
帝斗は笑った。そして、朗らかな笑みを次第に真摯に変えつつも、
「ねえ、白夜。失礼な物言いだったら許しておくれよね?」
そう前置きをしてからこう言った。
「お前さんの母上も御妾母だろう? そして御父上はといえば……その右に出る者はいないというくらいの力を持った御方だ。同様に波濤のお父上も財閥当主で、実の母上はお妾の立場だった。お前さんら二人には共通点が多い。だから、お前さんなら他の誰よりも波濤を理解してやることができるんじゃないかと思ったんだ」
帝斗の言葉にうなずけるところがある一方で、龍は薄く苦笑した。
帝斗とは幼少の頃からの仲だ。今更、互いに対して何を言っても言われても、他意はないことを重々理解している。
母親が妾の立場であるということも含めて、龍こと氷川白夜の生い立ちや素性を知っているのは、直近の親しい者と、友の中でも帝斗くらいである。当然、ホストクラブで一緒に働く同僚らには明かしてはいない。恋仲である波濤にさえまだ告げていなかったくらいだが、彼だけには折を見て話そうと思っていた事実だった。
それはともかく、お前は妾腹の子だよな――などということを、面と向かって言ってよこすのはこの帝斗くらいしかいないだろう。が、龍が苦笑したのはそういった意味ではなかった。
「じゃあお前、もしも俺と波濤が親友だの仲のいい同僚だの――それにすらならなかったらどうするつもりだったんだ? いくら同じ職場に居たって野郎同士だ、馬が合わねえってこともあるぜ?」
おもしろおかしそうに龍は訊いた。
「そうだね。その時は僕が手助けをするつもりだったさ。幸い、僕の家も財閥だから、波濤のお父上と僕の父は面識もあるだろうしね」
「お前の親父から波濤の親父に苦言を呈してもらうつもりだったってわけか?」
「嫡男の菊造氏が波濤に金の無心をしているという事実を、平井のご当主にやんわりとお伝えするつもりだったよ」
その言葉に龍はまたひとたび眉をしかめた。だったら何故もっと早くにそうしなかったのかと思ったからだ。わざわざ自分をホスト業に引っ張り込んでまで波濤と親しくならせて、彼の悩み相談の相手になってくれればいいなどと、回りくどいことをせずとも良かったのではないか――と、そう思ったからだ。事実、波濤はその間もずっと腹違いの兄という男に金を工面し続けていたのだろうから、本来であれば一刻も早くそんな重荷から解放してやるのが先であるはずだ。
帝斗は意地の悪い人間ではない。幼少の頃からの長い付き合いの中で、それはよくよく承知している。何の考えもなく、浅はかな選択をするような男ではないのだ。
その理由を帝斗はこう説明した。
「波濤を金の無心から解放してやるだけならば、すぐにでも可能だった。だが僕にできるのはそこまでだ。彼の心の深いところまでは僕には踏み込めない。彼はやさしい人間だからね、義兄の菊造の悪事を父親が知ったらどう思うだろうとか、そういったところまで考えてしまう性質だろう?」
確かにそうかも知れない。龍からしてみれば、自分が波濤の立場だったなら、菊造がどうなろうが知ったことではない。だが、波濤ならば例え自分に酷い仕打ちをした相手であっても、進んでその者の不幸を願うような性質ではないと思えるからだ。
そんなやさしい心根の彼だから、これほどまでに惹かれたのかも知れない。改めて、龍は波濤という男に出会えたことの幸せを噛み締める思いでいた。そのきっかけを作ってくれた帝斗にも無論、感謝の心持ちだったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
そうこうしている内に波濤の名刺入れが発するGPSが、とある場所で停止状態となっていると助手席の男から報告があった。こちらもスピードを出して追い掛けていたので、もうすぐ目視できる所まで来ているとのことだった。龍も帝斗もそれまでの雑談をピタリと止めると、すぐさま精悍な顔付きになり、波濤の奪還に備えたのだった。
ところが――だ。GPSが示す現地に着いてみて、二人を焦燥感が襲った。波濤を拉致したらしい黒のワゴン車は確かに停まっているものの、中はもぬけの空だったからだ。
そこは割合大きな川沿いに面している場所で、周囲には工事中らしき建物が林立している。昼間はともかく夜半の今時分、まるで人の気配がしない場所だった。
ともだちにシェアしよう!