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Double Blizzard 第5話

 一方、車中ではオーナー帝斗が運転手に行き先を告げていた。どうやら波濤を連れ去ったらしい黒のワゴン車は、五キロ程先を走行中のようである。 「この分だとすぐに追い付けるな。念の為、お前さんが手配した他の車も二、三台こちらへ合流してもらっておくかい?」 「ああ、そうだな」  帝斗の手際の良さに感謝はすれども、今の龍にとって思うところはそこではない。何故、波濤の居場所と行動を探るようなGPS機能付きの名刺入れなどを贈ったのか――理由が知りたいところである。いや、実際こうして役立っているのだから、結果的には有り難い以外の何ものでもないわけだが、拉致されるだなどということは本来稀な出来事といえる。何事もない平常時の――普段の彼の――行動を監視するようなことを何故帝斗がしていたのかが気になるところだった。  しかめられた眉が崩れない表情の龍を横目に、帝斗はクスッと微笑むと、その理由を打ち明けた。 「波濤については気になることがあってね、お前さんを店に呼ぶ少し前からのことさ」  波濤を指名する客は、その殆どが太客といわれる――いわば上客と呼ばれる客たちの中でも男性客がやたらと目立つことに違和感を覚え始めたのは半年ばかり前の頃だったろうか。  人当たりも良く、抜群に整った容姿からしても女性客に引き手数多であろうはずの彼に、何故にこうも男性客ばかりが付くのかを不思議に思ったことから、波濤について密かに調べるべく気に掛けるようになっていった。  その結果、波濤の出勤前の同伴には女性客がほぼ百パーセントを占める反面、終業後のアフターには男性客が八割方という、何とも奇妙な行動が浮かび上がってきたのだ。これは何か余程の理由があると踏み、興信所に波濤の身辺調査を依頼したのだった。  その結果、波濤の生い立ちからホストになった理由を始め、彼が腹違いの兄である平井菊造から多額の現金を要求されている事実などが明らかとなったわけだ。帝斗はそれらの話をかいつまんで龍に話し聞かせた。 「僕がお前さんにホスト業を体験してみないかと誘ったのは、実はこれが理由なのさ。お前さんと波濤が同僚として親しくなれれば、彼のいい相談相手になってもらえるかと思ったからなんだ」  帝斗の思惑がそんなところにあったというのも意外だが、それよりも何よりも、初めて聞く波濤の境遇に龍はひどく驚かされてしまった。  彼とはもう幾度も身体を重ね合った深い仲だ。今では心も身体も惹かれ合っている恋人同士であると自負もしている。それなのに、波濤が抱えているそんな重荷に気付きさえしなかったことが悔やまれてならない。波濤自身からそういったことで困っているなどと打ち明けられたことも無論なかった。  だが今にして思えば、波濤の常に他人に対して笑顔を崩さない明るさの違和感はこのことが理由だったのだろうかと思い知らされる気がしていた。それは初めて彼を見た時から気に掛かっていたことでもあった。  波濤と出会った時の印象は、先ず何を置いてもその飛び抜けた容姿に目を引かれたということだ。そして、それが明らかな興味へと変わるのに左程時間は掛からなかった。  無意識の内に視線が彼を追っていることを自覚し始めると、モヤモヤとしたその気持ちを払拭したくて自ら彼を家へと誘い、その夜の内に彼をこの手に抱いたのだ。と同時に彼の常時明るい性質や振る舞いが痛々しいくらい虚偽のようにも思えて、ひどく気に掛かってならなくなった。  出会って間もなく自宅へと誘い、身体の関係を迫るなど、今から考えれば少々強引だったと思えなくもない。だが、それほどまでに興味を惹かれる相手に会ったのも初めてで、そういった意味でも波濤との出会いは運命的だったと言える気がしていた。その証拠に、惹かれ合い、心身共に求め合うようになり、今では彼なしの生活など考えられないくらいである。きっと彼よりも自分が彼を想う気持ちの方が強いのだろうことも自覚している。  つくづく時間ではない――やはり”運命”なのだろうと思えていた。その出会いのきっかけを作ってくれたのがこの帝斗なのだから、これはもう恩という他ないだろう。 「つまり、お前は俺と波濤を引き合わせる為に俺を店に呼んだってわけか?」 「まあ、率直に言うとそういうことになるね」  悪気のないその返答に、龍は一瞬苦虫を潰したかのような、何とも言い難い表情で帝斗を見つめてしまった。彼の含みのある笑顔はまるで全てお見通しだと言わんばかりでもある。 「お前――どこまで知っていやがる?」  ふい、と龍は訊いた。すると帝斗はまたしても悪戯そうな、人の悪い笑みを浮かべながら飄々(ひょうひょう)と訊き返してきた。 「どこまでだって?」 「だから……俺とあいつの関係についてだ」  どこまでをどう把握していやがるんだ――そう訊きたげな視線が暗い車中で射るようだ。帝斗はクスッと鼻を鳴らしてみせた。 「お前さんたちが互いに愛し合っている仲だ――ってことかい?」 ――やはり気付いていたわけか。  だが、龍にとって訊きたかったのは”そこ”ではなかった。

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