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Flame 第1話

「波濤さん! 龍さんも……!」 「うわ、やっと会えた!」 「酷いッスよー! お二人とも突然辞めちゃうなんて、もうもう……俺らマジでパニくりましたって!」  開店前のホストクラブxuanwu(シェンウー)の店内が一気にざわつきを見せる。今日は月一回の合同朝礼が行われる日なので、同伴等もなく、ホストたちが全員集合していた。  この店のナンバーワンを張っていたホストの波濤と龍がひと月前に突然引退して以来、初めて顔を見せたことで、店内はてんやわんやの大騒ぎとなったのだ。  昨年の秋に六本木店からこの本店へと編入してきた龍は、その愛想のなさと仏頂面から、来た当初は他のホスト連中から敬遠されていた変わり種である。客に媚びることもなく、無口だから態度も横柄だと思われていた彼は、付いたあだ名が”頭領(ドン)”であった。  まさか本当にマフィアの頭領を父に持ち、ファミリーの一員であったということは、さすがにホストたちもあずかり知らぬところだ。  そんな龍だが、時が経つにつれて誤解も解け始め、彼の意外にサッパリとした性質や人懐こい面なども知られるようになってからは、和気藹々と馴染めるようになってきた。今日も今日とてダークなスーツを粋にまとい、さりげなさの中にも高級感が漂う出で立ちで登場した彼に、皆も相変わらずだと微笑ましげだった。  そんな龍の隣には、入店以来トップの座を貫いてきた不動のナンバーワンホストの波濤が、にこやかな笑みと共に佇んでいた。  龍のそれとは対照的な淡い桜色のスーツは、他の誰かが着たのならば派手に映るか、一歩間違えば子供の七五三だと笑われそうなチョイスだが、そこはさすがのナンバーワンだ。色白の肌と端正な顔立ちを見事に引き立てていて、優雅で色気を感じさせる着こなしに、あちこちから溜め息が上がるほどだった。 「一ヶ月も音沙汰無しだなんて……一体今まで何処で何してたってんですかッ!」 「そうッスよー! 引退イベもしないで突然辞めましたって聞いて、しばらくパニックになったッスから!」  ホストたちに取り囲まれて矢継ぎ早の質問に、龍はともかく波濤の方はタジタジと苦笑気味だ。 「悪かったよ。ちょっと所用でな、故郷に帰ってたんだ。お前らには心配掛けて済まない」  謝る波濤に、皆からの声も止まない。 「今日からまた戻ってきてくれるんスよね? もうお客の女の子たちからも、波濤さんたちはどうしたんだって質問攻めなんスから!」 「例の拉致騒ぎの時に来店してた子たちは特に大騒ぎですよ! 波濤さんは殺されちゃったんじゃねえか……とかまで言い出す子がいたりして」 「ああ……本当に済まないと思ってるよ」  一ヶ月前、波濤に金を無心していた腹違いの兄、菊造の差し金でガラの悪い男たちが店に押し掛け、波濤を連れ去るという事件が勃発した。幸い、波濤自身の機転と、龍やオーナー帝斗の素速い対応で何とか事なきを得たのだが、その時の様子を見聞きしていた客たちの間では有ること無いこと想像が暴走して、大騒ぎとなっていたのである。あの夜以来、龍も波濤も店から姿を消してしまった為、より一層の騒動となっていたのだ。  贔屓にしてくれていた顧客たちには個々に長期休暇の知らせを入れたものの、ひと月もの間、当人たちが姿を見せないので、よからぬ噂が一人歩きするようになってしまっていたのだった。  拉致されたまま殺されてしまったんじゃないかとか、酷い大怪我をして入院しているだとか、想像が想像を煽って、もはや誰も本当のことを知らないという有様である。一応、オーナーの帝斗からも顧客とホストたち全員に『大事ない、二人は所用でしばらく店には来られない』という通達があったものの、何か隠しているのではという疑念が先立って、誰も信じようとしなかったわけである。  一方、あの拉致騒動の夜、無事に波濤を救出することができた龍は、初めて彼から本当の気持ちを聞くことが叶った。  今までは互いに好意を寄せていることが分かってはいても、はっきりと波濤の口から『好きだ』という言葉を聞けずにいたのだが、拉致されてあわや輪姦されそうになり、いかがわしい薬を盛られて動画まで撮られそうになった。そんな究極の状況が、閉ざされていた波濤の素直な気持ちを解放した――ということには苦笑せざるを得ないが、とにかく龍はもう二度とこの愛しい男を手放す気がなくなったのである。  波濤が無事に腕の中に戻ってきた時には、側に置いて、できることなら一生誰の目にも触れさせたくないと思うほどに、龍は焦燥感に駆られた。そんな思いを具現化すべくというわけでもないが、龍は波濤がこの先もホスト稼業を続けることに難色を示したのだ。  香港マフィアの頭領の息子であり、この日本でも数多の大企業を経営する龍にとって、愛する者一人を養うくらい造作もないことである。彼は波濤に仕事を辞めて自分の傍にいて欲しいと申し出たのであった。

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