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Love too late:遅すぎた恋心2
「あのね周防くん、数学のノート貸してほしいんだけど、いいかな?」
学園に編入して、約一ヶ月が経った頃だった。他所のクラスの女子にノートを強請られ、きょとんとするしかない。
「別にいいけど。午後イチで使うから、それまでに返却してね」
断るのも面倒くさいので、さっさと提供してやることにした。ノートのおまじないは、桃瀬との両想いのために、使うものじゃなかったっけ?
「他所のクラスの女子から声をかけられるなんて、モテモテですねぇ、周防!」
ニヤニヤしながら白い歯を見せて、わざとらしく体当たりをしてくる桃瀬。こんなトコお前には、見られたくなかったっていうのに。タイミングが悪い――
「別に……ただノートを貸しただけだよ」
桃瀬の笑顔を見るのが辛すぎて、視線を逸らして言ってやる。
「そんな、照れた顔すんなって。実は俺がここに来た理由も、とある女子に周防のノートを貸してほしいって、仲介頼まれちゃってさ」
「は……?」
コイツ――何て鈍感なヤツなんだ。俺は一切照れていない。むしろ、迷惑そうな顔をしているはずだというのに。
「どの教科のノートでもいいから、貸してくれないか?」
「分かった。じゃあこれ……」
桃瀬の顔を潰すのも悪いだろうと、渋々さっき終わったばかりの教科のノートを、押し付けるように差し出してやった。
「サンキュー周防! なるべく早く、返してもらうようにするから」
手渡したノート片手に、ご機嫌な様子で教室を飛び出して行く。
(清楚な感じの男子中学生に恋する桃瀬と同じくらい、俺の恋も不毛だな――)
額に手を当てながらやさぐれていると、ポンポンと肩を叩かれた。気がつくと、クラスの男子数人に席を囲まれた状態となっていて、どうしてなんだと驚くしかない。
「なっ、何か用?」
何故か真剣な顔した面々に、恐々と訊ねてみた。知らないトコで、何かやらかしてしまったのかもしれないな。こっちは傷つけるつもりがなくても性格上、結構キツい言葉を使っちゃうし。
「周防って、すげーよな」
「ホント、マジで尊敬する」
口々に語られる賞賛に、首を傾げるしかない。どんなに考えても褒められるようなことを、自分がした覚えがなかったからだ。
「あの、何のことかな? 全然、身に覚えがないんだけど」
囲っているメンツの顔を一人ひとり見て、思いきって訊ねてみる。
「だってよー、あの桃瀬と一緒にいて、見劣りしないルックスってすごくない?」
その言葉に、眉をひそめるしかない。
「何を言い出すかと思ったら。見劣りしまくりだよ、引き立て役になりまくりだろ」
「それこそお前、何言ってんだ! 今や、我がクラスのホープなんだぞ」
「……ホープって、何?」
「編入してきた当初から女子が目をつけてるって、噂がたっていたからな。気さくで優しいオカンなイケメン桃瀬か、ミステリアスな編入生で、どっしり構えたオトンな周防がいいか――結構、騒がれてるぞーお前」
話が全然見えなくて、困惑の表情を浮かべていたら、目の前にいるヤツが親切丁寧に説明してくれた。
(何で俺がミステリアスな編入生で、どっしり構えたオトンなんだよ!?)
「オトンって、どこからきたんだろ?」
顔を、これでもかと引きつらせながら聞いてみたら、ぐちゃぐちゃと頭を撫でられる。
「やっぱりさ、どんなことにも動じないで落ち着いてる様子が、そう言わせちゃうんじゃねぇの。俺らから見ても周防って、大人な感じするし」
それってただ、ジジ臭いだけなんじゃ……
「いいよなぁ周防は、頭もいいし顔もいいし。彼女作らないの?」
「俺、結構不器用でさ、恋愛と勉強の両立が出来ないと思うんだ。だから、彼女は作らないつもり」
そう言うと口々に、勿体ないと呟かれた。
彼女を作るつもりはない。傍に桃瀬がいればいいから――アイツの傍に、少しでも長くいたいから、このままでいるつもりだ。
桃瀬への想いを、しみじみと噛みしめている最中だった。
「ちょっとアンタたち、邪魔だから! そこ、どいてってば」
囲んでる男子の輪を引き裂くように、クラスの女子が両手を使って、唐突に割り込んできた。
「周防くん、理科のノート貸してくれない?」
再びかけられたその言葉にうんざりし、内心ため息をついていると。
「おい、お前さ。ちょっと前に桃瀬からもノート、借りてなかったっけ?」
俺のすぐ横にいるヤツが指摘すると、バツの悪そうな顔した女子。
「いいじゃないっ、好みが変わったんだってば。私みたいな女には周防くんみたいに、落ち着いた人が傍にいたら、きっといいんだろうなって思ったの!」
「ププッ! 自分の顔ちゃんと見てから、ノートを借りに来いよな」
おいおい、それはちょっとキツいんじゃ……
「そういうアンタも自分の顔、よぉく見なさいよね! 周防くんの、足元にも及ばないクセに」
「確かに俺は、周防とは比べものにならないかもしれないけど、そんなことお前に言われたくないね!」
「ふふんっ! 誰もアンタなんかのノートなんて、借りに来ないっちゅーの!」
「おねがーい周防くん、ノート貸して!」
激しく言い合いしてるところに、無情にも違う女子がノートを借りに来てしまった。
「あ……その――」
「何だよ。ちょっと前までは、桃瀬桃瀬って騒いでたクセに、手のひら返して周防に迫ってさ」
「ホント、これだから女って怖いよな」
「そうそう。集団になると、口撃ガンガンしまくりだし」
「何言ってんのアンタたち。自分たちこそモテないからって、ひがみ根性、丸出しじゃない」
「だからモテないって、分からないかな」
――どうしよう。目の前でクラスのヤツラが、どんどんヒートアップしていく。
ケンカの原因が俺自身のことなのに、どう対処していいか分からなくて、言い合いするヤツの顔を恐るおそる、窺うことしか出来なかった。
「こらー!! お前ら何やってんだっ」
困り果てていると桃瀬が戻って来て、教室に入りながら一喝する。
俺のところに、苛立ちを表しながら上靴の音を立ててやって来ると、揉めていたひとりひとりから事情を聞き、腕を組んで頷いていった。そして――
「とりあえず、周防からノートを借りるのは女子の自由だけど、きちんと了解を得ろよな。男子たちもそれについて、横から口を出さないこと。頼むから、そんなことで揉めるなよ。一番困ってるのは、周防本人なんだからさ」
俺の横に佇むと、優しく頭を撫でてくる。桃瀬の手のひらから伝わってくる思いやりが、胸のドキドキを急上昇させた。
「俺の大事な周防を困らせたら、許さないんだからな!」
何気にすごいことを言い放った桃瀬に、誰も突っ込むことが出来ず、無言で頷くしかない。
その後――
『オトン周防を困らせると、愛に狂ったオカン桃瀬が仕返しに来る』
なぁんて噂が広がり、女子がノートを借りに来なくなったのは、正直助かったのだが。言ってくれた言葉がすっごく嬉しくて、俺の胸の中に刻まれたんだ。
――たとえそれに、愛情がなくてもだけど。
そんな感じで残りの高校生活は、桃瀬も俺もずっと片想いを続け、相手に想いを告げることなく卒業。別々の大学に進学したのだった。
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