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Love too late:遅すぎた恋心3

 自分の気持ちをひた隠して、上手く誤魔化したまま俺は医大へ、桃瀬は県内にある有名大学にそれぞれに進学し、数年が経った。  高校時代の勉強とは質の違う、覚えることの多さに、いろんな実習の毎日――内心ストレスを抱えつつ、どうにもならない恋に嫌気がさして、異性と付き合ってはみたが、やはり長続きはしなかった。  互いの忙しさで逢う回数が少ないというのに、桃瀬との付き合いは相変わらず続いている。アイツの性癖を理解している、貴重な友人のひとりだからだろう。 「ごめんね、けんちゃん。急にお友達が、ここに来ることになっちゃって」 「いいんだよ。すおー先生のお友達に逢ってみたいし」  実習で、小児科の患者をひとり任されていた。もうすぐ退院するコなので、少しずつ下界に慣らすべくの、散歩だったのだが――  俺の忙しさを知っている桃瀬が、珍しく昼間に逢いたいなんていうメールを寄越してきたので、木々の緑溢れる医大の中庭に呼び出した。  けんちゃんの小さな手を握りしめ、ゆっくりとした足取りで中庭に向かうと、ベンチに腰掛けた桃瀬と目が合った。 「周防、久しぶり! そうやって白衣を着ていると、すっかり先生って感じだな」  木漏れ日溢れるベンチの下、長い足を組んで座り、印象的に映る瞳を細めてこっちを見てる姿は、格好いいしか言葉が出ない。  何気ないその様子に、胸がじんと疼いた―― 「すおー先生のお友達、すっげぇカッコイイ!」 「でしょ、でしょー。自慢のおホモだちなんだよー」 「?」 「……周防、笑えない冗談を子どもの前で言うなよ。まったく――」  呆れた視線を飛ばしてくる、桃瀬の隣に座ってやる。けんちゃんは必然的に、俺の膝の上によいしょと座らせた。 「まぁまぁ、怒らないでよ。ちょっとくらい冗談、言わせてよねー」  だよねーと、けんちゃんと微笑み合う。そんな俺らの様子に、苦笑いしか出来ない桃瀬。 「しかもその喋り方、どうしたんだ? 勉強のし過ぎで、頭をどこかに打ち付けたのか?」 「そうそ、どっかにぶつけまくっちゃったって感じ。どんだけー!」  かみ合わない会話に、変なのーっと言いながら、お腹を抱えてゲラゲラと笑うけんちゃん。せっかく来たのに進まない話題に、イライラし始める桃瀬の表情が見てとれた。 「悪い悪い。いつもの喋り方だと子どもたちに、怖いって怯えられちゃってさ。どうしたもんかなぁと考えて、試しにこれをやったら受け入れられたんで、こんなになっちゃったー」 「受け入れられたっていうより、顔とその喋り方のギャップだろ。てっきり、頭に異常をきたすものでも、食ったのかと思ったぜ」 「ギャップ萌えだったの? けんちゃん」  膝に置いてるけんちゃんの顔を覗き込むと、ふるふると首を横に振った。 「ううん。すおー先生、すっごく可愛かったから」  その言葉に俺らは、無言で顔を見合わせた。子どもって、全然分からない―― 「そんな可愛い周防先生に、呑みのお誘いだったんだけど、お暇な時間ありませんか?」  ――呑みのお誘い……つまり失恋したから、自棄酒に付き合えってことか。 「今日は、これで実習も終わるし大丈夫だよー。まったく相変わらず青春してるね、ももちん」  おどけながらドンッと肩をぶつけたら、簡単にぐらりと揺れる隣の身体。  卑怯者の俺――高校生のときは、道路の向かい側にいた清楚な男子中学生が、桃瀬を見つめているのを知っていたのに伝えなかった。  ――そして今。失恋して傷ついてる姿に、内心ほくそ笑んでいる。こんな汚い本当の俺の心を知ったら、お前は離れていくだろう。 「俺はこれから塾のバイトあるから夕方、いつものトコに集合でいいか? 忙しいのに悪いな、周防」  勢いよく立ち上がって、けんちゃんの頭をがしがしっと撫でまくり、優しく目を細める。子どもがいるお陰で、和やかな空気が俺たちを包んだ。 「ももちんの手、すおー先生より少しだけ大きいね」 「そうなのか? 周防の方が背がでかいから、手の大きさも負けてると思ったんだけど」 「僕ねいつも、すおー先生に頭なでなでしてもらってるから分かるんだ。ほら、測ってみなよ」  けんちゃんは俺の左手と、頭に置かれてる桃瀬の手を取って、わざわざ合わせてくれる。 「ほらね! ちょっとだけ、ももちんの方が大きいでしょ?」  合わせられた手のひらは、確かに桃瀬の方がちょっとだけ大きくて。それはきっと、桃瀬の心が大きいからだと判断した。そんな温かくて大きな手のひらを、ぎゅっと握りしめてやる。 「周防……?」 「これで、俺の元気をチャージしろ。バイト頑張れ!」 「あっ、ずるい! 僕もするする!」  文句を言い出したけんちゃんの手を、笑いながら反対の手で握ってあげた。――不思議な三角形の出来上がり。  ただ、桃瀬に触れていたかっただけなのに。逆に俺の方が、チャージされている気がする。 「さすがは周防先生、みなぎる元気が出てきました」 「でしょ、でしょー。俺ってば、名医になれるでしょー!」  こんなことでお前が元気になるなら、いくらでもやってやるよ。 「ありがとな。それじゃあ、あとで!」  にかっと白い歯を見せ、爽やかに去って行く後姿を、けんちゃんとふたりで見送った。 「ももちん、元気になって良かったね。すおー先生も何だか嬉しそう」 「そうだねぇ。みんなが元気になるのが嬉しいから」  桃瀬に触れた手のひらが熱い――その熱を逃がしたくなくて、そっと握りしめる。告げられない恋の病を抱える俺は、きっと迷医なのかもな。 「さてと、けんちゃん。そろそろお部屋に戻って、検温しなくちゃね」  桃瀬に逢えた嬉しさや、触れることが出来た喜びを子どもに悟られ、内心焦ったので誤魔化すべく、笑いながらおどけて見せた。 (いつまで桃瀬には、この誤魔化しが通用するだろうか――)  そんなことをぼんやりと考えつつ、こっそりとため息をついて、けんちゃんの手を取り、ゆっくりと病室に戻ったのだった。

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