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Love too late:大切なぬくもり2
「この若さで死にそうな病気って、すごく手がかりになりそうな気がするんですけど、教えてもらっちゃダメでしょうか?」
――確かにそうだ。甲状腺癌はあまり男性がならない病気だし、手がかりになるといったら、そうなのだけれど。
「まあ……俺から教えてあげてもいいけど。それを知ったところで、個人情報になるからね。簡単に、他所の病院が教えるワケ、ないと思うよ」
「とある人に頼んで調べてもらったらきっと、全部調べつくして教えてくれると思うんです」
にっこりと笑って、涼一くんは桃瀬の袖をグイグイ引っ張ると、うへぇとあからさまに顔を歪めて、すっごくイヤそうな表情を浮かべた。
「あー、アイツに頼むのか。それは間違いなく、捜し当てるだろうな」
「僕らの知り合いに、捜すのが上手な人がいるんです。だから教えてください」
「でも……」
やはり言い淀んでしまう。
「郁也さんも僕も周防さんの恋を、手遅れなんかにしたくないって思っているんです」
涼一くんの言葉に、そうだと言いながら、首を縦に振って同意する桃瀬。
「それじゃあ臆病な周防に、追いかける理由を俺からつけてやるよ」
「何それ?」
「太郎は、お前の患者だったんだ。その後、病気がどうなったのか。医者として知りたくないか?」
「まぁ、気になるけど」
「それなら確認するのに、追いかけたことにすればいいだろ。あとはお互い想い合っていれば、なるようになるんだよな?」
何故か俺に言わず、涼一くんに向かって言うと体当たりして、そうだねと嬉しそうに答える。
「そういうことだ。太郎の居場所が分かったらどうなっているのか、ちゃんと確認しに行けよな」
「僕らも太郎くんのこと心配ですから、病気のこと教えてください」
ふたりの思いやりにじーんと胸を打たれて、今まであったことと病気のことを、思いきって打ち明ける。
「軽井沢に別荘を持っている、絵が上手な高校三年生で、自然気胸と甲状腺癌を患っているんだね」
「ついでに、この似顔絵も添付してやってくれ。絶対に役に立つから」
いつの間に――あの桃瀬画伯の絵が炸裂するのか。って、逆にすっごく混乱を招くような……
「郁也さん、似顔絵が描けるなんてすごいね。どれどれ――」
(ああ、涼一くんは知らなかったのか。それはご愁傷様です)
「身長は185センチくらい、髪はボサボサで、顔は適度に整っていたぞ」
「整っていないよ。むしろサル顔だったって」
「そうか? でも内に秘めたワイルドさを演出すべく、そんな感じをこの絵で表現してみたぞ」
自信満々な桃瀬を他所に、涼一くんが似顔絵を見て固まっている。
「どうした涼一、早くヤツに送ってやれよ」
「えっ!? あ、うん……」
えいっと言いながら、両目を閉じて送信してる涼一くんと、それを受け取った相手に、内心黙祷を捧げた。桃瀬の似顔絵がどうなっているのか、何となく想像つくからね。
「知り合いって、探偵とかそういう仕事を、専門にしてる人?」
「そういう仕事をしてる人間を、顎で使える人物」
眉間に深いシワを寄せ、吐き捨てるように言う桃瀬。基本、人当たりのいい桃瀬がこんな顔をするなんて、非常に珍しい。さては涼一くん絡みで、何かあったな?
「ゲイ能人の葩御 稜 さんなんですよ」
桃瀬とは対照的に、ニコニコしながら教えてくれたのだけれど。
――ちょっと待った!!
「涼一くんそれは、もしかして――」
モデルを経て芸能界の世界に飛び込み、テレビの仕事を貰うために誰とでも寝てましたとカミングアウトした、超有名人じゃないか。どうしてそんな人と知り合いなんだ!?
道理で桃瀬が、こんな顔をするワケだ。涼一くんの貞操の危機――
「あ、心配ないですよ。稜さんちゃんと恋人いるので」
「お前、その恋人とも結構、仲良くしてるじゃないか」
苦虫を潰したような表情を浮かべる桃瀬を、内心不憫に思いながら横目で見やる。桃瀬とは対照的に一見冷たい印象の涼一くんだけど、話してみると結構癒し系だから、いつの間にか懐かれちゃうのかもな。
「郁也さんだって稜さんに抱きつかれて、すっごく嬉しそうしながら顔を赤くしてさ。鼻の下びろーんって伸ばしてたクセに」
「ももちん……見境ないね。でもあの葩御 稜なら、俺もしょうがないと思うわ」
肩をポンポンすると、ますます目を吊り上げる。
「なんで俺ばっか、ふたりにこれでもかと責められなきゃならないんだっ」
桃瀬がキーッと怒りながら頭を抱えた瞬間、涼一くんのスマホが鳴った。
「もしもし、すみません。お忙しいときに――」
律儀に、ペコペコと頭を下げる涼一くん。
「そうなんです。手がかりがそれしかなくて。はい、とりあえず軽井沢近辺の病院を当たって頂ければと。はい……」
語尾がどんどん小さくなり眉根をぎゅっと寄せ、困った顔して桃瀬に視線を飛ばした涼一くん。
「――えっとそれは。あのですね……郁也さんが描いたモノなんですよ。何か……本人の似顔絵だそうで」
――やはり、突っ込まれたか……
「すみませんっ、本当にすみませんっ! そんな大事なことしてる手を止めてしまって!!」
突然頬を染め、焦りながら謝り倒す涼一くんの姿に、桃瀬と自然と目が合う。桃瀬の顔に、どうして涼一くんがこんな風に謝っているのか、ワケが分からないと書いてあった。
「せっかく、そんないいトコであんな絵を見たら、一気に興醒めでしたよね。ホントごめんなさいです! もうもう無視していいですから!」
涼一くんの言葉に肘で桃瀬を突くと、一生懸命描いたのにと、小さく呟いた。
「このお詫びとお礼は、必ずしますので。はい、はい。ふたりきりで食事ですか? 勿論いいですよ」
「勿論ダメに決まってるだろ、バカッ!!」
引っ手繰るようにスマホを奪い取ると耳に当てて、これでもかと怒鳴り散らしだした桃瀬。
「何考えてんだっ、人のモノに手を出すんじゃねぇよ!」
「郁也さん落ち着いて。こっちは、頼みごとをしてる立場なんだよ」
どうしよう――俺のせいで、何だか大変なことに発展してしまった。
おろおろする俺を他所に、桃瀬はひとりで、どんどんヒートアップする。
「はぁ!? ふたりきりがダメなら三人でって……何でお前の恋人をわざわざ登場させて、3Pとか言ってんだ」
涼一くんは呆れた顔して肩を竦めると、無言で桃瀬に背を向けた。
「何か、ももちん、すごい話しているけど大丈夫なの?」
「本人、稜さんに弄られてるの、気がついていないだけですから。こうなったら徹底的にやり合わないと、納まらないんで」
「何気に苦労してるんだね。理解のある恋人がいて、ももちん幸せものだ」
「……やっと笑ってくれましたね、良かった」
俺の顔を見て、ホッとした表情を浮かべ、胸を撫で下ろす。
「周防さんの傍にも理解してくれる人が、早く戻ってくるのを祈ってます」
言いながら、右手をそっと差し出してきた。
「ありがと。どうなるか正直、全然分からないんだけど助けてくれたふたりに、いい報告が出来るように頑張るから」
その手をぎゅっと握りしめると、反対の手を優しく添えて、ふわりと包み込んできた。
「郁也さんと待ってます。きっと大丈夫ですよ」
葩御 稜に翻弄されてる桃瀬を無視して、涼一くんとふたり、友情を深め合った。
落ち込んでるときだからこそ人のあたたかみが、こんなにあり難く感じて。いつもどこか強がっていた自分が、バカらしくなったのは言うまでもない。
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