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Love too late:すれ違う想い3

***  タケシ先生に一喝されてから、気持ちを入れ替えて、きちんと笑顔で接客に臨むことができた。 「悪かったな王領寺。今から休憩、入っていいから」  店長をしている同期の喜多川が、キッチンという名の作業台から、大きな声をかけてくれる。朝からずっと働きづめで足腰がガタガタ状態。俺ってば情けねー。 「そういう喜多川も、休憩をとったらどうだ?」 「ん? 実は俺、合間を縫ってこっそりと休憩とっているからね。大丈夫だから、お気遣いなく」  隙のない笑顔でほほ笑まれ、それ以上突っ込むことができず、そうかと呟いてから暖簾をくぐって、その場から退散することにした。  無駄に体のでかい俺がいると、キッチンでは邪魔になりそうなので、逃げるようにあとにしたのだが。 「……王領寺いろいろ悪かったな、周防先生に叱られちゃったろ、おまえ」  そんな俺の背中に、戸口から顔を出し、わざわざ声をかけてきた喜多川。その言葉に、体がピキンと固まる。喜多川の口から、周防という名が出てくるとは思ってもいなかったから。 (そういや喜多川の幼馴染って、タケシ先生と付き合う前に、一瞬だけ付き合ったヤツだったっけ。その繋がりで、知っているのか――) 「タケシ先生に叱られるのは、いつものことだし、別にどうってことない……」 「我校随一のオオカミと称されているおまえが、バカ犬呼ばわりされた挙句に、殴られていた姿は、大変貴重だったけどね」  なぁんて酷いことを、ずけずけと言う。 「うわぁ、あれを見ていたのかよ。俺ってば、格好悪ぅー」  喜多川だけじゃなく、他のヤツにも見られていたかもしれない。超最悪だな。 「おまえが叱られたのは、俺の読みの甘さからきたものだからね。まさかここまで、王領寺のネームバリューがすごいなんて、想像つかずにシフトを組んだ店長の俺のミスだ。ちゃんとした休憩をとらせられなくて、本当に悪かったな」 「別に、そんなのいいから」 「イライラしていた原因、忙しかったからだけじゃなかったんだろう?」  頭が切れる同期の喜多川は、黒縁メガネの奥の瞳を鋭く光らせながら、俺の顔を仰ぎ見る。これだけ優秀だっていうのに、年下の幼馴染にはまったく頭が上がらないっていうのが、正直ナゾなんだよな。 「いや。普段女のコと接していないから、気疲れしたというか……」 「ウソをつくなって。どんな相手でも手玉に取れるって評判、あちこちで聞いているんだけどね」  柔らかい口調で言われて、もう対応に困るのなんのって。 「ちょっと前の王領寺はサボリ魔でウソつきで、いい加減な同期っていう評価だったんだけどさ。最近は真面目に授業出ているし、投げやりな態度も以前ほど、とっていなかったと思うんだ。ただ――」 「……うん?」 「周りに当り散らすようなイライラが、時々発動していたなって。みんな結構、王領寺に気を遣っていたんだよ」  タケシ先生とうまくいかなくて、無性にイライラして、無意識にみんなに当たりまくってしまっていたんだな。 「それは、悪かったな……」  ――無意識とはいえ、一方的に俺が悪い。 「俺の父親が、西園寺家で執事をしているんだけど、よく言ってるのがさ、自分のことを叱ってくれる、身内以外の大人を捜せって」  ズーンと落ち込んでいるトコに、喜多川が明るい声で話しかけてきた。 「なんで?」 「身内が、自分のことを叱るのは当然だろ。損得勘定がなく伸びてほしいからこそ、真剣に叱ってくれる赤の他人が、もっとも信頼のできる人だっていうこと」  喜多川は、とてもいい話をしているんだろうけど、俺としてはしょっちゅうタケシ先生に怒られすぎて、素直にいい話だとは思えなかった。 (……てか、俺がダメ人間すぎるのだろうか!?) 「周防先生は王領寺のことを思って、きちんと叱ってくれたんだね」 「……そう、だな」  そんなことはわかりきっているのに、あのときのタケシ先生の顔とか言葉が、無条件にグサグサと胸に刺さって、自分をひどくキズつけた。全部、自分が悪いってわかっているのに。  不機嫌を隠せずに唇を尖らせる俺を見やり、喜多川はわざわざキッチンから出て来て、宥めるようにぽんぽんと肩を叩いてくれる。 「ケンカのきっかけを作っちゃって、本当に悪かったな」 「喜多川は悪くねぇって。俺の態度がダメだったんだし」  学祭の最中、ほかの同期にも指摘されていたのだ。どんだけ悪かったのか、自分が一番わかってる。 「喜多川あのさ、ちょっとだけ相談にのってくんね?」 「俺に答えられる範囲ならね、なんだい?」  喜多川の目に映る俺は、ひどく疲れきった顔をしていた。学祭の疲れじゃない、さっきのショックが疲れとなって、ありありと顔に表れていると思う。 「――恋人が一週間、音信不通にするってどうしてだろう?」 「ははん、王領寺のイライラの原因はそれか。なるほどね」  無駄に明るく言われたせいで、悲しさに余計拍車がかかった。 「遠距離してるワケでもないのに音信不通にできるのは、相手にまったく興味がないからだろうと推測できるけど。でもな――」  喜多川は濡れた手を拭っていた手ぬぐいを首にかけ、黒縁メガネをすっと格好よく上げてから、目を細めて俺を見つめる。 「その逆もアリかなって、俺は思うけどね」 「その逆?」 「ああ。相手がおまえのことを絶大に信頼していて、連絡なんか取らなくても、自分のところに戻ってくるって、心の底から信じているから連絡しない」  ――絶大な信頼……。 「不真面目でチャラチャラしていた王領寺が、突然真面目になり、きちんとした恋愛をしていると仮定してだ」 「ひどいな。マジメに、きちんとした恋愛をしてるって!」  怒る俺を、まぁまぁと宥めながら、柔らかい笑みを浮かべる喜多川。 「相手に、その真面目さがきちんと伝わっていたら、信頼されているかもよ? それこそバカ犬って呼んでる、おまえの帰巣本能を試しているのかもしれないね」 「俺の帰巣本能?」 『おい、コラッ。こっちに戻って来い太郎!』  タケシ先生の声で、そう呼ばれるのを想像してしまう。あの人にはホント、翻弄されっぱなしだからな俺。 「どんな相手でも手玉に取るって噂の王領寺を、ここまで悩ませるなんて、すごい人なんだね」 「どこからの噂だよ、それは?」  ちょっとだけ憤慨した俺を、喜多川はおかしいと言わんばかりに肩を竦めて、カラカラ笑って見せる。 「大学であちこち囁かれてる、おもしろい噂話」 「こんな俺なんて、滑稽で惨めなだけだろ」 「いいや。前の王領寺よりも、いい顔しているって思うよ」  喜多川は青春してるよねって言いながら、俺の手になにかを握らせた。それは屋台で売ってるものを、アレコレ買える食券だった。 「罪滅ぼしにはならないだろうけど、それでなにか買って、ふたりきりの学祭にすればいい」 「喜多川、おまえ……」 「言っておくが、男同士の恋愛を推奨してるワケじゃないからね。友人の頑張りに対して、褒美をやったまでだし。後片付けはうまいこと言っておくから、早くあとを追いかけなよ。逃がさないように」  メガネのレンズをキラッと光らせながら親指を立てる喜多川に、初めて満面の笑みを見せることができた。 「……ありがと。この借りは、きっちり返すから」 「そんなもん、いらないからさ。とっとと行きなって」  犬猫を追い払うように、喜多川は右手を振りながら、さっさとキッチンに戻って行く。姿は見えなかったけど、ちゃんと一礼をしてきびすを返した。  ――タケシ先生に、早く謝らなくちゃ。

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