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Love too late:難儀なキモチ

「何やってんだよっ、もう!」  自分の不甲斐なさに苛立ち、誰もいない高台で思い切り叫んでしまった。木枯らしが舞っていて、その冷たさが頬を撫でるせいで、惨めさに余計拍車が掛かってしまう。  あんなに逢いたくて堪らなかった歩に、やっと出逢えたというのに、第一声がこのセリフって、ホントありえないだろ…… 『お前、何やってんだ!?』  これを言ったときの歩の顔、悲しげに瞳が揺れていた。叱られ慣れているだろうに、こんな顔をしたことがなかったから。  しかも内心ショックを受けながら、人前で激しく叱り飛ばして、歩のメンツをぶち壊してしまって――自分のイライラした感情を、思いっきりぶちまけてしまった俺ってば、本当に大人げない。 (自分の感情がままならないって、一体どうしたらいいんだ)  ――きっと歩に、嫌われてしまったに違いない。  力なく傍にある、背もたれのないベンチに座り込み、はーっと深いため息をついた。短く切った爪が手のひらに食い込むくらい、ぎゅっと握りしめる。今更後悔しても、手遅れなのにな。  涙で滲んだ瞳で、目の前の夜景を眺めてみると、何もかもが水の中に入って、キラキラと光っているようで。まるで俺に向かって瞬いているように見えた。  出ている月も雲で陰っているから、尚更夜景の光が突き刺さる。キレイすぎるから痛い――自分の心が醜く感じてしまうから。  ドーン!  破裂音と眩い光の塊が突然、右端で起こった。滲んだ涙を拭ってよく見てみると、それは花火だった。 「……そっか。学祭の最後を飾る、打ち上げ花火だ」  きっとアイツは学校で、この景色を見ているに違いない――俺に叱られたせいで、沈んだキモチでこの花火を、見ていなきゃいいけどな。  そんな心配をしながら寒さを忘れて、次々に打ち上げられるキレイな花火を、ぼんやりと眺めていた。 「一緒に見たかった……」  そう呟いたとき、いきなり息が止まるくらいの強さで、後ろからぎゅうっと体が抱きしめられる。その手にはたくさんのビニール袋がぶら下がっていて、ソースの香りが、ふわりと鼻についた。 「なんで、お前……ここにいるんだ?」  震える声で、やっと告げるしかない。俺の声がきちんと伝わっていないのか、ソイツはそれに答えず、腕の力を痛いくらいに入れてきた。  やっと逢えて嬉しいはずだというのに、相変わらず自分の言葉は、思いやりの欠片がなく、自然と落ち込んでしまう。きっとまた、キズつけてしまっただろう。 「……タケシ先生、すっげぇ体が冷たいよ。いつからこんな寂しい場所に、ひとりきりでいたんだ?」  突っぱねた俺の言葉とは真逆の、あたたかい言葉をかけてくれた歩。抱きしめられた体から、じわりと沁み込んでくるように、優しさと温かさが伝わってきた。  凍りついた心と体が、少しずつ解けていくような気分だ――  「お前……は、どうして……俺がここにいる、っ……て分か、った?」  こみ上げてくるキモチが溢れてきて、それが涙に変換され、頬にぽろぽろと流れて、幾重にも筋を作っていく。時折吹いてくる風が、熱い涙を冷やすように吹き荒んだ。 「どうしてって、そりゃあ好きなヤツの居場所くらい分からなきゃ、恋人なんてやってられないって。バカ犬の帰巣本能、舐めんなよ」  笑いながら俺の顔を覗き込んで、自分の袖で荒っぽく、涙をぐいぐいと拭い去る。 「いっ、痛いぞ。もっと優しく出来ないのか……」  ――ああもぅ、どうしてありがとうの一言が言えないんだ。言葉を発してから、いつも後悔をしてしまう。だから愛情が疑われてしまうというのに――  しまったという表情を浮かべた俺を、目を細めて見つめてから、ベンチの横にゆっくり腰掛けて、引き寄せるようにそっと肩を抱き寄せてきた。 「優しく出来ないのは、タケシ先生がつれないから」  しれっと告げられた言葉に、口を開きかけてぐっと飲み込む。ここは文句を言うべきトコじゃない、きちんと謝らなきゃ。 「……悪かったよ。俺が全部悪い、態度も口も悪い」 (うわっ、せっかく飲み込んだ文句が、違う形になって出ちゃったじゃないか! もう家に帰りたい) 「何、ガキみたいにひねくれてるんだよ。困った人だなホント」 「どうせガキだよ、悪かったね」 ちっ、違うって。こんなこと言いたくないのに。またケンカになったら、収拾がつかないことになるって!  内心焦る心とは裏腹に、口から勝手に出る言葉のせいで、頭を抱えるしかない。 「こんな風にしちゃった原因は、俺にあるの分かってるから。寂しかったんだよなタケシ先生。だからひねくれちゃったんだ」  図星を指されて、どうしようかと考えていたら、抱き寄せていた腕に力を入れて、いきなりベンチに押し倒すと、唇を重ねてきた。  耳に聞こえてきたのは、持っていたビニール袋を、がさりと地面に落とした音と、歩の熱い吐息―― 「んんっ……っ、ちょっ――」  ここは外なんだっ、誰か来て見られたりしたら、どうするんだよ!?  必死に歩の体を両手で押し退けると、喉仏を食まれてしまい、くすぐったさのせいで力が抜けたところを、簡単に両腕を掴まれて、ぎゅっと握りしめられ拘束されてしまった。 「――今すぐに欲しい。タケシ先生の心と体、全部が……」  飢えた獣のような視線が、俺をしっかり捕らえる。そのせいで全然、動くことが出来ない。獰猛な肉食獣に見つかった、草食動物のようになった気分だ。 「だ……ダメだ……こんな、っ、場所でなんて……」 「そんな掠れた声出して、誘うなって」 「違っ……そ、そんなんじゃ、なくって……その……」  この状況にテンパって、喉がカラカラになっているだけなんだ。けして誘っているワケじゃないのに――  遠くで打ち上げられている花火の光が時折、歩の姿に色をつける。華やかな閃光が端正な顔に影をつけて、浮かび上がらせてくれた。  ――ずっと、ずっと逢いたかった。手を伸ばせばそこにいる…… 「……歩…っ……好きだ……お前がすごく、好き……」  今の俺はどんな顔をして、これを言ったのかな。歩の姿を彩る花火の光と同じく、はっきりと見えてしまっているんだろうか。 「すごく好きって、どれくらいなんだよ?」  なぁんて俺が困るであろう言葉を、平気で告げる愛しい恋人。やっと素直なキモチになって告白したというのに、この仕打ちはないだろ!  それでも答えてやろうじゃないかと、眉間にシワを寄せて一生懸命に考えてみる。何を言ったら、コイツは納得してくれるだろうか。 「悪い悪い、そんなに真剣に考えるなって。ありがとタケシ先生」  両腕の拘束を解いた手で、頬を包み込み、優しいキスをしてくれた。 「ちゃんと、キモチが伝わったから。すっげぇ嬉しかった、俺ってば愛されてるんだなって」  今度は、泣きボクロに唇を押しつける。くすぐったくて、体をビクつかせてしまった。 「こんなところで、そんな大胆なこと、止めろよ……」  触れられたところが、どんどん熱を持つ――体全部で、歩を求めているみたいだ。 「俺もタケシ先生のこと、すごく好きだから。分かってると思うけど」 「ああ……」  妙にテレてしまい、視線を横に向けるしかない。いつまで経っても歩の告白は、胸が締めつけられて苦しくなるので、どんな表情をしていいのか分からないんだ。 「傍にいるとさ、何を考えてるのか、何となくだけど分かるんだよ。なのにちょっとだけ距離をとったら、タケシ先生のキモチが暗闇の中にあるみたいで、全然分かんねぇんだよな、情けないことに」  それはきっと俺が、普段から素直になりきれず、きちんとした態度や言葉で、歩に伝えていないからだ――  原因が分かれば、さっさと処理をしなければ。病気の治療と同じで、対処をしていけば元に戻すことが出来る。  ――だって恋は、病とよく似ているから。 「さっきも言ったけど、悪かったって思う。俺の態度がお前を不安にさせた要因だ。これからは少しでもその……思っていることを、素直に伝えられたらいいなって」  まずは、謝罪の言葉を伝えることによって、それを呼び水にし、燻っているキモチを全部伝えてやろう。歩の不安をすぐにでも、取り除いてやりたいから。 「タケシ先生のキモチ?」  まともに見られない歩の顔を、ちらちら覗きみていると、ちょっとすねた表情を浮かべていた。 「俺のキモチ、知りたくないのか?」 「知りたいよ、すっげぇ。なのにこっちを見ながら、それを言わないのって、真実味がないなって思ったんだ。教えてくれるのなら、ちゃんと俺の顔を見て言ってよ」 (確かに、打ち明けるなら真摯な態度で臨まねば)  うっと思いながら、視線を正面にいる歩の顔に合わせると、鼻がつきそうな位置で、わざわざスタンバイされてしまう。 「ちっ、近いぞ。お前……」 「逃げらないようにするためだって。視線、逸らさないでくれよ」  ハズカシイ……でもやらなきゃダメなんだ。歩と付き合っていくと決めた以上、素直にならなければ、無駄に傷つけてしまうんだから。  ゴクンと唾を飲み込み、ふーっと息を吐く。  緊張しまくりの俺を、さっきしていた肉食獣のような眼差しじゃなく、子どものような無防備な眼差しで、歩は見守ってくれた。  強がってばかりいる俺でも、この瞳に勝てない。自然と素直になってしまうんだ。 「お前と付き合うことになって、今更なんだけど、実感させられたんだ。幸せすぎて怖いって……」 「――うん」  少し間をおいた返事。こういう大事な話をしているときは、いつものお喋りを封印して、こっちの話を聞きだそうとする、歩の気遣いが何気に嬉しかった。 「こんな可愛げのない俺に、いつか呆れ果てた上に、捨てられるんじゃないかとか、モテるお前のことだから、他に好きな人が出来ちゃうんじゃないかとか。傍にいることが、当たり前になっている今だからこそ、余計なことばかりぐるぐると考えちゃってさ――だって俺は知ってるから……」  ――運命の人は、実は2人いるらしい。1人目で人を愛することと失う辛さを知って、2人目で永遠の愛を知る―― 「何を?」  胸の奥からこみ上げてくるものを、ぐっと我慢をしようと、眉間にシワを寄せたら、なだめるように頭を左手で撫でてくれた。手のひらから伝わってくるあたたかさが、愛おしくて切ない。泣き出しそうになるのを堪えてから、しっかりと言葉にする。 「愛しい人を失う、辛さを知っているから……歩を好きになればなるほど、失ったときの衝撃を考えちゃって、自己防衛本能が勝手に働いてしまうんだ。素直になるのが怖い、だから――っ……」 「だから……?」  溢れてくる涙が、言葉を止めてしまった。  絶望的な片想いをしていた、俺の前に突然現れて、包み込むように愛してくれた人。そんな優しいお前に甘えてばかりいて、本当に駄目すぎる恋人だって思う。  頭を撫でていた手で、涙を優しく拭ってくれた。ほらまた甘えてる。 「あ? ……えっと俺が素直になったらすごくお前に、負担をかけてしまうんじゃないかと思って」 「タケシ先生の素直なキモチって、どんな?」 「その……傍にいてほしいとか抱きしめてほしいとか、俺だけを見ていてほしいとか……出来ることなら歩を、俺の家に閉じ込めてしまえたらな、と」  ぽつりぽつりと告げていく言葉に、目を細めて嬉しそうな表情を浮かべてから、触れるだけのキスをした。 「俺を家に閉じ込めて、何するんだよ?」  またまたイジワルな言葉の応戦に、きゅっと下唇を噛む。まったく面倒くさいヤツ―― 「なっ、何って別に。今日学校で、お前のモテ具合を見ていたら、何となくそう思ったんだ。俺の歩を、そんな目で見てほしくなくて、その……」 「そんな目、か。ふん、いい気味」  何故か喉で低く笑いながら突然、体を抱き起こされた。歩のセリフの意味が分からず、呆然とするしかない。 「いい気味って、一体……」 「分かってねぇんだよな、タケシ先生は。俺はいつも、同じような想いを抱えてるっていうのにさ」  起こしてくれた体を引き寄せて、ぎゅっと強く抱きしめられる。そのあたたかさに安心して、身をゆだねるしかない。 「……同じ、想い?」 「そうだよ。軽井沢の病院でひっきりなしに、若い看護師が来ていただろ。どうしてだと思う?」  時間が経っていたことだったが、妙な違和感があったので、よく覚えていた。 「どうしてって術後のお前の様子を、きちんと管理するためだろ」 「ナースステーションにいる看護師全員が、俺の管理するために押しかけるのって、おかしくないか?」  呆れながら言い放ち、俺の頭に顎を乗せる。 「確かにな。だけどお前の家はお金持ちで煩そうだから、何かあったらいけないとか、医者から命令が下っていたりして?」  頭の上に顎を乗せられ、表情は分からなかったが、何となく微妙な顔をしているような感じが、雰囲気で伝わってきた。 「歩、俺が間違ったことを言ったなら、すぐに訂正してくれ。そんな態度をされたら、辛くなってくる」  歩の態度にイライラして文句を言うと、体勢を整えて俺と対峙する。その目が冷たいこと、この上ない。 「タケシ先生さ、自分がカッコイイこと、全然分かってないよな」 「は? どこが?」 「あーもー、全然分かってないっ! すっげぇムカつく!」  言うなり俺の両頬をつねり上げ、容赦なく引っ張ってきた。 「いらいぞ、あにすんら。ばはいぬ」(痛いぞ、何するんだ。バカ犬) 「こんなに変形させても、カッコイイとか何でなんだよ。そして何気に可愛い」  つねっていた手を止めて、頬を撫でたと思ったら、いきなり顔を頬擦りしてきた。  ――コイツ、ワケが分からない。 「さっきからお前は、何をやっているんだ。意味が分からん」 「分かってないのは、タケシ先生のほうだよ。看護師たちがゾロゾロと来てた理由は、カッコイイ開業医のタケシ先生を、わざわざ見に来ていたんだから」 「何だそれ?」 「罪な男だよなぁ。マジで……白くて甘い砂糖に群がる、アリどもを排除するのに、俺がどんだけ苦労しているかを、全然知らないんだから」  もうイヤだと言いながら俺の体を、これでもかとぎゅっとしてくれる。 「砂糖は基本的に、白いものだろ?」  歩の言った言葉に首を傾げた。黒砂糖や三温糖のように、色のついた物があるけど、わざわざそれを口にするのが、どこかおかしかったから。 「白衣は、白いものだろ」  砂糖って、俺のことだったのか? 群がられているような気は、全然しないのだけれど。 「変な気苦労ばかりしているから、お前は老けてるんだな。甘いのは、歩だけなのに」  体に回してる右腕を上げて、頭を撫でてやった。 「……ウソばっか言いやがって。すぐに殴ってくるクセに」 「今は撫でてやっているぞ」 「そんなっ、子供騙しに騙されない」  ちょっとだけ困ったような、それでいてテレたような歩の声色が、俺のしていることが充分に利いていることを示していた。  ここは、期待に応えてやらなければならないだろうな。まったく面倒くさいヤツ―― 「そうか、撫でるだけじゃ満足しないなら、これはどうだ?」  耳元で囁いて、ふーっと吐息をかけてやる。俺の体に回された腕の力が一瞬解かれ、身動きが可能になったので、歩の首に腕をかけてグイッと自分に引き寄せ、そっと唇を重ねた。  すこしだけ荒れた唇の表面を舌でなぞってから、中にするりと入り込む。  待ってましたとばかりに絡みつこうとする歩の舌を、上手いこと自分の口の中に誘導し、吸ってやりながら舌先を甘噛みしてやった。 「んっ……っ、ンンっ!」  薄目を開けて、目の前にある顔を見ると眉間にシワを寄せて、キモチよさそうな表情を浮かべている。  それに満足しながら、もう一度責めるべく顔の角度を変えたら、いきなりベンチに向かって体を押し倒されてしまった。 「わっ!?」  予期せぬ行動に声をあげると、目の前の歩は息をハァハァさせながら、俺を見下ろす。その目の怖いこと―― 「俺を翻弄させた罪は大きいぜ、タケシ先生……覚悟すれよ」  いやぁ、ヤバイ……どうやら特大のアメを投げつけてしまったようだ。普段甘いことなんてしないものだから、匙加減がさっぱり分からないんだよな。  外での大っぴらな行為は、ここまで。これ以上は、人目のつかないところでしなければならないだろう。申し訳ないがここは飼い主として、しっかり手綱を握らねば!  かくて迫ってきた歩の顔に目掛けて、無言でパンチを食らわせた俺。  ――この恋は、そこまで甘くないのである。

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