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この恋すいーつ8

***  左手を繋がれて、引っ張られるように歩いていた。  少しだけ後方の位置からだと、すおー先生の可愛い泣きボクロと一緒に、跳ねた襟足の髪が見えるんだ。  ちょっとだけ照れたような、それでいて困ったような表情を色っぽく見せる泣きボクロと、歩く振動でひょこひょこと揺れる跳ねた襟足の髪の毛。  ずっと見ていても、飽きてこないのが不思議――  やがて高台の駐車場まで辿り着き、ふと足を止めた。目の前に広がる風景は、月明かりにのんのり照らされ、ぼんやりと浮かび上がるように見える。 「おい、どうした?」  すおー先生は、立ち止まった俺に声をかけたのだが、何て答えていいのか分からない。ここからのアングルがちょうど、診察室に飾ってあった絵と同じだった。 (俺はどうして、これを描いたんだろう?) 『何か、キレイだな』  ――振り返って、遠くを見る横顔。  背景にある紅葉よりも光り輝いて見える、すおー先生の顔が、鮮明に頭の中に浮かんできた。  目を細めながら嬉しさを滲ませる表情に、じわりと胸が熱くなる。それを悟られないように、俺は素っ気なく答えたんだ。 『何がキレイだって?』って。そんな景色よりもアンタの方が、もっとキレイなのになって思いながら、その横顔に目を奪われて―― 「おい、歩。どうしたお前?」  繋いでいた手をぐいっと引っ張られたせいで、前のめりになる。 「わっ!?」  一気に現実の世界に戻されて、すぐ傍にあるすおー先生の顔にドキドキした衝撃で、パッと手を離した。  暗がりなのに間近で見たキレイな顔を、ハッキリとこの目で捉えてしまい、ほとほと困ってしまう。すっげぇ心臓に悪い。  今の俺、間違いなく赤面してる。頬が異常に熱い。これじゃあ恋にウブな、中坊みたいな反応じゃね?  どうしていいか分からず、わたわたと落ち着きなく、あちこちに視線を彷徨わせるしかなかった。 「お前、何か思い出したんだろ。主にエロいことを中心に」  あたふたと困ってる俺に、追い討ちをかけるように詰め寄ってきた、すおー先生。  いつもの俺なら、そんな態度をとる相手の口封じをすべく、キスしちゃうのだが、残念ながらこの人にはそれが出来ない。  何故だか分からないけどそれをしたら、何かが飛んでくる気がするから。 「ちょっとだけ、ここでのやり取りを思い出した。だけどエロくないよ、全然」 「嘘ついちゃって! 鼻の下が伸びて、だらしない顔をしてるクセに。どうせここで、押し倒したことでも思い出したんだろうさ」 「……押し倒したのか? こんなところで?」  俺ってば、すげぇ大胆なことを、この人にしたんだな。 「うっ……違ったのか////」  しまったという顔をして、ぱっと背を向け、急ぎ足で歩いて行く。  すおー先生は、その場面を思い出したんだろうな、きっと。俺だけど俺じゃないヤツに押し倒されて、そのときは喜んでいたのかもしれない。 「悔しい……思い出せない自分が」  俯きながら傍にあった石を蹴っ飛ばして、気分を紛らわせてから、すおー先生の後を追いかけた。 「まったく、今夜も満員御礼だな」  ちょっとだけ渋い表情をしながら、後方にいる俺に告げた。  目の前にはたくさんのカップルがいて、寄り添うように夜景を眺めていた。 (――ロケーションとしては抜群だもんな、当然か)  なぁんて思いながら、隣にいるすおー先生を見る。男同士で来てるのは俺たちだけ。 「さっき、何を思い出したのさ?」  カップルの隙間から、ぼんやりと夜景を見ながら聞いてきた。 「さっきの駐車場でのやり取り。すおー先生が振り返って、景色がキレイだって言ったところだけ」 「……そうか。あのときの――思い出せてよかったな」  一瞬のことだけ思い出したというのに、それでもすっげぇ嬉しそうな顔をしてくれる。そして今、間違いなくその場面を思い出し、記憶のある頃の俺を、愛おしく想っているんだろうな。  何だか堪らなくなって、気がついたら抱きしめていた。 「おっ、おい、こら……人前だぞ」  耳元で、迷惑そうな小さな声が聞こえたけれど、それでも構わないと思った。すおー先生を離したくないんだ。 「……俺を、見てよ」 「なに言ってんだ。お前はお前だよ」 「違う。すおー先生が見てるのは、記憶のある頃の俺なんだ。今の俺じゃないっ!」  細い身体を、ぎゅっと抱きしめた。力任せに、これでもかと。  こんなことをしても、自分のキモチが伝わらないのは分かってる。だけど捕まえたいんだ、大好きなこの人を。  頭を打ちつけて目が覚めたとき、目の前にいたすおー先生に、俺は一目惚れをした。心配そうな表情を浮かべて、抱きしめてくれたぬくもりを、片時も忘れられなかった。 「ちょっ、苦し……」 「好きだ、すおー先生」  きつく眉根を寄せる顔に向かって、自分の顔を近づける。次の瞬間、横から振りかぶってきた手が、左頬を思いっきり叩いた。  パシーン!  両目から勢いよく、火花がばちばちと飛び散る。そういやこんなこと、前にもあった気がする。何だっけ……? 『いきなり同性にあんなことされたら、誰だって拒否るだろ。殴られなかっただけ、あり難いと思え。俺はそっち側の人間じゃないよ。通ってる学校で相手捜しな』  頭の中で、聞き覚えのある声が響いた。そうあれは―― 「こんな場所で、何をしようとしたんだ。このバカッ」  怒鳴った顔がダブる。烈火のごとく怒った…… 「タケシ、先生……」  殴られた頬を擦りながらぽつりと呟くと、ビックリした顔をし俺を見上げた。 「お前……思い出した、のか?」  どうしよう、何て答えたらいいんだ。 「悪い……。全部じゃなくて、出逢ったときのことが出てきた。そんでもって、そこから少しずつ思い出してる最中」 「あ……」 「相変わらず、いい感じで平手打ちしてくれたよな。まさかコレで思い出すとは、全然思わなかったし」  呆れながら言うと、叩いた手を胸の前でぎゅっと抱きしめ、肩を震わせて俯いてしまうタケシ先生。 「なぁ、どうしたんだよ? 俯いちゃってさ。嬉しくないのか?」 「……叩いた手が痛いんだって。放っておいてくれ」  何かを堪えるような、か細い声。それが何を意味するのか、俺はすぐに理解出来る。ずっと一緒にいたから尚更。 「放っておけねぇよ。大事な人なんだタケシ先生」  今度は優しく、そっと抱きしめる。苦しくないように―― 「こんな目立つ場所で、何やって」 「大丈夫だって。みんな、自分たちの世界に浸ってるし。俺らなんて目に入らないよ」  笑いながら言うと、胸の中のタケシ先生が、俺にぎゅっと抱きついてきた。 「あれ、珍しい。人目をはばからず、そんな風に密着するなんて。タケシ先生らしくないじゃん」  泣きボクロに、優しくキスしてあげる。どことなくしょっぱいのは、気のせいにしてあげよう。 「人酔いしてるだけだ、気にするな……っ」  何だかな、分かりやすいウソつきやがって。そこも可愛いんだけど。 「人酔いよりも、俺に酔ってほしいんだけど。ね、ダメ?」 「充分に酔わされたよ。お前の記憶が合ってもなくても、翻弄されっぱなしだった」  俯いていた顔を上げて、じっと俺を見つめてくれる。 「歩、お帰りなさい。で、いいのかな」 「タケシ先生?」 「結局俺は、どっちの歩も好きだったから。お帰りなさいは変かもな」  涙を滲ませた瞳を細めて、嬉しそうに告げられた言葉に、満面の笑みで返してあげる。 「迫ってくるタケシ先生に、翻弄されっぱなしだった。俺も同じだわ。記憶が合ってもなくても、タケシ先生に恋をしたんだから」  引き寄せられるように互いの顔が近づき、唇が重なり合う。何か、久しぶりにキスした感じ――キモチが通じ合ったせいなのかな。 「なぁ、今夜泊まってもいい?」  タケシ先生の耳元で囁きながら、耳朶にキスを落とした。 「んっ……お前、家には遅くなるって電話したんじゃ」 「ちゃっかり泊まるって電話済み、だとしたら?」 「お前、それって……」  記憶が合ってもなくても、俺はタケシ先生を抱きしめて離さない。アンタの全部がほしいって、強く激しく思ったんだ。 「イヤだと言わせない、絶対の自信があるんだけど。だから聞いてみてるんだよ? ねぇ、どうなのさ?」  わざとらしく顔を覗き込んだら、いきなりぐーが飛んできた。 「あだっ!」 「いい加減にしろっ、バカ犬。調子に乗りすぎだ」  頬を染めたタケシ先生を、月明かりが照らし出す。そんな可愛すぎる恋人の手を、強引に引っ張ってみた。 (早く帰って、ふたりきりになりたい)  無言で訴える俺に従い、黙って隣を歩いてくれる。伝えなくても、こうやって伝わるキモチが、何だかくすぐったい。  ――この恋は甘くない。  そうタケシ先生は言うのだけれど、今夜くらいは甘くしたいと、切に願う俺であった。  おしまい ※次回は最終章、周防の両親へ挨拶に行くお話です。【男子高校生 西園寺 圭の真実の恋】の番外編に出てきた主人公の叔父、小児科医でバイセクシャルの御堂(みどう)医師が周防に迫ります。果たして無事に、挨拶が出来るのでしょうか!?

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