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この恋すいーつ7

***  悶々としながら宿題をしていると、いつの間にか下の病院から聞こえていた喧騒が消えていることに気がつく。リビングにある時計を見ると、午後6時過ぎ。 「病院が閉まったから、静かになったのか」  友人に頼まれていた宿題の難しいところで見事に躓き、にっちもさっちもいかないので、思いきってすおー先生に聞いてみようと立ち上がった。  階段をさくさく下りて病院内に足を踏み入れ、診察室と書いてあるプレートが下がった部屋に、恐るおそる顔を出す。 「あっ、あのさ、悪ぃんだけど、ちょっと教えてほしくて」  机に向かって何か書き物をしていたすおー先生は、俺の声に反応して振り向く。 「どうせ数学でしょ、どこだ?」  まだどの教科なのかを言ってないのに、あっさりと言い当てられて、ビックリしてしまった。 「……恋人の苦手分野くらい、把握して当然だろ。面白い顔して、わざわざ笑いをとろうとしてくれるなって」  苦笑いして俺が持っていたノートを引っ手繰ると、パラパラめくっていく。 (細長くてキレイな指、しているな――)  ぼんやり見惚れていると、その指が俺が教えてほしいページに辿り着いた。 「この赤丸が、ついているところか?」 「う、うん。ぜんっぜん分かんなくて」 「これはね――」  持っていたペンでさらさら書き込みながら、丁寧に教えてくれる。説明している口元を、思わず見入ってしまう。  すっげぇ柔らかくて、しっとりしてる唇をしていたな。ずっとキスしていたかった。 「……おい太郎、聞いてるか?」 「…………」 「太郎ってば!」  ハッとして、すおー先生の唇から視線を逸らした。そういや、太郎って俺のことだったか。 「ごめっ! 俺ってばすおー先生の声に、うっとりしちゃって」 「……俺の方こそ悪い。いつも太郎って呼んでたから。しっかし記憶に関係なく、誤魔化し方は同じなのな」  呆れた顔して、ほらよとノートを手渡してくる。 「うっとりしながら聞いていたのなら、簡単に解けるでしょ。今すぐやってみろ」  やべぇと内心焦ったけど、ペンで書いていた説明文のお陰で、難なく解いてしまった。  もしかしていい加減な俺を見越して、この説明文を書いていたのか!?  ――恋人だから分かってるであろう、俺のすべて。  おずおずと差し出したノートを目を細めて受け取り、頷きながらチェックする。 「良かったな、勉強の解き方を忘れてなくて」 「……俺は勉強のことよりも、アンタとのことを忘れたくなかった!」 「歩――……焦ることないよ。いつかきっと」  視線をノートから、目の前に飾ってある絵を見るすおー先生。釣られるように同じところを見た。 (妙なアングル……何だこれ?)  そのとき感じた印象。絵の雰囲気やタッチから、自分が描いたものだって分かる。 「よく目立つところに、こんなヘタクソな絵を飾れるのな」  低い声で批難したというのに頬杖をつき、すっげぇ嬉しそうな顔をした。 「お前にとっては、ヘタクソな絵に見えるかもしれないけどさ、俺にとっては特別なんだよ。だからこうやって、目につくところに飾っているんだ。アイツの気持ちが、伝わってくるからね」 「アイツの、キモチ……」 「そう。俺がこの景色がキレイだって言ったから、わざわざ描いてくれたんだよ。何気ない一言を表現してくれて、すっごい嬉しかったんだ」  すおー先生の染み渡る声が、俺の胸をしくしくと痛ませる。  記憶がある頃の自分が妬ましい――俺だってこの人のことを、こんなに想ってるのに。求められているのは、いつだって記憶のある頃の俺だ。 「さて、と。仕事もひと段落ついたし、お前もこれで宿題、終わったでしょ?」 「ああ……」 「ご飯食べたら、腹ごなしにここに行こう。家に電話しておきなよ、遅くなるからって」  立ち上がって白衣を脱ぎ、優しく俺の肩を叩いた。 「ほらほら電気を消すから。無駄にデカい身体を、早く出してくれって」  何だか妙なテンションで、ぐいぐいと押し出されてしまった。俺が気落ちしているのが、分かっているからだろうか。  その後、口数が少ないまま夕飯を一緒に食べて、肩を並べて高台まで歩いて行った。

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