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この恋すいーつ6
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結局、周防小児科医院まで、迷うことなく歩いて来てしまった。ここまでの道のりを、頭がしっかりと覚えてる。というか……
「ここに来るのが、当たり前って感じに思えたな。習慣ってすげぇ」
そんな自分に驚きつつ、ドキドキしながら病院の扉を開いた。靴からスリッパに履き替え、恐るおそる中へ入ると。
「あっ、太郎のお兄ちゃん! 今日は会えたね」
待合室にいた子どもがひとり、俺に向かって走ってやって来た。残念ながら、誰か分からない。どうしよう――
「お、おぅ。こんにちは! 元気そうだな」
内心おっかなびっくり。妹よりも小さいコの面倒なんて、ちゃんと見れるのか!?
わーいと足元に抱きつかれ、おどおどしてると、他の子どもたちも傍にやって来てしまい、うわぁとパニックになる。
「太郎のお兄ちゃん、今日はどんなの着てくれるの?」
「へっ!? どんなのって……」
(もしや、あの着ぐるみのことだろうか?)
「僕はワンコがいいなぁ。背中に乗って遊びたい」
「私はうさちゃんがいい! 可愛いもん」
「え~っ、にゃんこも可愛いよ!」
唖然呆然とするしかない。俺ってば、ここで何をやってんだろ。
「あらあら大変。大丈夫、太郎ちゃん?」
倒れたときに傍にいた、おばちゃん看護師さんが声をかけてきた。
「あの、はい。何とか……」
「みんなゴメンね。太郎ちゃん今日は、ちょっと用事があるから、また今度にしてあげて」
みんなの頭を撫でつつ、上手いこと俺を連れ出してくれる。
処置室と書かれたところに案内され、気さくに肩を叩かれた。
「周防先生から話は聞いたわ。あのときからの記憶が、一部分だけなくなっているって。大変だったわね」
「はい、すみませんでした。倒れたときバタバタして、お礼言えなくて。しかも記憶がなくなって、すげぇ失礼な態度をとっていたと思います」
いろんな申し訳なさを込めて、しっかりと頭を下げる。
「いいのよ、そんなこと。太郎ちゃんは太郎ちゃんだもの。歩くんって言ったほうが、いいのかしらね」
さっきの子どもたち同様に、頭を撫でてきた。それだけなのに、ものすごい安心感が芽生えてくる。不思議な人だな。
「今までどおりでお願いします。そのほうが何だか、思い出せそうな気がするので」
「分った、遠慮なく同じように呼びますね。でも無理しちゃダメよ。案外焦らないほうが、ひょっこりと思い出すものだから」
「そうですね。気長に過ごしてみようと思います」
「周防先生の自宅、2階にあるんだけど、冷蔵庫にオヤツを入れてあるから食べるといいわ。そこの廊下を真っ直ぐ進んだら、階段があるから」
指を差して丁寧に説明をし、処置室を出て行くおばちゃんに、もう一度頭を下げてお礼を言った。
言われたとおり階段を上がって扉を開くと、見慣れないリビングがそこにあり、思わず面食らう。
「俺が勝手に入っていいんだろうか。まるで泥棒の気分……」
オヤツに釣られて入ったとはいえ、他人の家なのだ。他人だけど一応、恋人の家だったりするワケで。
ドキドキしながらあちこち見渡して扉を開け閉めし、勝手に見て回ってしまった。
「意外と小奇麗にしてるよな。すおー先生の、見たまんまのイメージって感じ」
医者っていう職業だからか、清潔感のある色使いがされてる家具や小物、使いやすい物の配置なんて、見習いたいくらい。
そして意味なく、寝室の中をじーっと眺めてしまった。
「俺はここできっと……あの人のことを――」
ドキドキしながら想像してみたけれど、残念なことにぜんっぜん思い出せない。ちょっとした映像くらい、気を利かせて流してくれてもいいのに。
「自分にとって大事なことが、ぜーんぶ思い出せないのが、マジで悔しいよな」
印象に残らないワケがないんだ。なのに俺ってホント馬鹿。
ガックリと肩を落して、その場を立ち去ろうとしたら、いきなり後頭部を容赦なく叩かれる。
ばこんっ!
「あだっ!?」
「何、人の部屋を勝手に覗き込んでるんだ。金目のものはないぞ」
腰に手を当てて俺を見上げる、すおー先生が後ろに立っているではないか!
「ごめっ、つい……その何か、思い出せそうな気がして」
「お前の頭じゃ無理な話だな。せいぜい卑猥なことでも、アレコレ考えてたろ」
ギクッ! ∑(*゚ェ゚*)
「……その顔は図星だね。困ったヤツ」
言葉は文句なのに、口元が何だか嬉しそうに見えるのは、気のせいなんかじゃない。
身を翻して出て行こうとする、すおー先生の腕を掴んだ。
「あ、あのさっ」
「何だ? 俺の休憩時間は15分だけなんだ。お前に割く時間はないんだよ」
「抱きたいんだっ」
いきなり口走ってから、ハッとして掴んでた手を離す。顔面蒼白じゃなく、猛烈に真っ赤だと思う。
「やっ、えっとあの。深い意味じゃなくって、あー……もぅ。ワケ分かんねぇ////」
「……分かったよ、好きにすればいい。来い」
俺が言ったことをそのまま飲み込んだのか、目の前をさっさと通り過ぎ、ベッドに横になって、(*・`ω´)∂゛くいくいっと誘ってくる。
「ただし、さっきも言ったように俺の休憩時間は15分。延長はなしだから」
「はっ……はぃ」
休憩時間だからか、いつも着ている白衣がない姿を、ちょっとだけ残念に思いつつ、遠慮なく跨って恐るおそる抱きしめてみた。
すっげぇ興奮してるのに、すおー先生のニオイを嗅ぐと、何だか落ち着いてくる。
「はぁはぁ……あの、触ってもいい?」
落ち着いてくるとはいえ、やっぱこの状況は興奮するワケで。ただ抱きしめてるだけじゃ、物足りないのである。
俺の吐息が肌にかかるたび、右側の跳ねた襟足の髪がピクピク揺れて、感じてるのを伝えるアンテナみたいになっていた。
――ああ、すっげぇ可愛い。
「……触るって、どこをだよ?」
ちょっと困ったような、声の響き。そりゃそうだよな。
「大丈夫っ、変なトコ触らないし。上半身だけ!」
「変なトコって、お前……バカっ////」
その途端、触れ合ってる部分が一気に熱をもったのが、じわじわっと伝わってきた。
横目ですおー先生の顔を見たら、長い睫を伏せてあっちを向いて、頬を真っ赤に染めているではないか!
どうしてくれよう……こんな顔されたら、変なトコも一緒に触りたくなる!
「耳元で、ハァハァ煩いぞバカ犬。落ち着けって」
「おっ、落ち着いてる。ただちょっとその、すおー先生の顔が可愛すぎるのが罪っていうか、何て言うか」
起き上がり、目の前にあるシャツのボタンを震えそうになる指先で、ひとつひとつ外していくと、そっぽ向いたまま視線だけで、ジロリと俺を睨んできた。
「可愛い顔をしてるつもりはない。ただ、真昼間からこんなことをしてるのが、どうにも恥ずかしいだけだ。そんな顔して、じっとこっちを見るな!」
ううっ、何を言われても、許してしまえる可愛さがある。
最後のボタンを外し、いそいそとシャツをめくったら、白い肌が目の前に現れた。
綺麗なラインをしている鎖骨や、ちょっとだけ陥没気味の乳首とか、ほっそりとした脇腹……
――今の俺には、全部眩しすぎる!
触るって言ったけど、どこから触ったらいいか困ってしまい、両手を空中に彷徨わせたままのバカすぎる俺に、すおー先生は苦笑いをする。
「何をやってんだ。時間がなくなるぞ」
そうなんだよ、時間制限があるのに!
「あのさっ、うつ伏せになってくれない? 触るついでに、マッサージしてやるよ」
すおー先生の上半身を見てるだけで正直なトコ、触るだけでは終わらなくなりそうだったので、あえてうつ伏せを提案。その白い肌に口をつけたくて、無性に堪らなくなってしまった。
「分った。よいしょっと」
言われたとおり、うつ伏せになりこっちを窺うように見る。その視線が色っぽいのなんの……泣きボクロのせいだろうか。
襟足の跳ねた髪も一緒になって、可愛さに余計拍車がかかっていた。きっと俺は、この人のこの角度から見る横顔が好き。だと思う。
「ううっ……」
そう考えただけで何だか、鼻の奥がツンとして切なくなってしまった。
マッサージすると言ったのに、思わずその背中を抱きしめてしまう。そして頬をすりすりした。
このニオイも体温も滑らかな肌も、全部好きだと思う。
「まったく。記憶が合ってもなくても、やってることが一緒だぞお前」
「そう、なの?」
いつもの俺なら、迷うことなく手を出している。だけど、すおー先生がすっげぇ上物すぎて、どうしていいか分からないのだ。俺ってば翻弄する立場なのに、すっかり翻弄されまくり。
俺の呟きに応えるように、こっちを見ている瞳を細め、色っぽく見える唇の口角を上げた。
「それって、俺のことが好きってことで、いいのか?」
「それは、その……////」
この胸の疼きは間違いなく、それを表している。だけどそれを安易に口に出せないのは、記憶のない俺がすおー先生に言っちゃいけない気がするから。
抱きたいのに抱けないもどかしさ同様に、ほとほと困ってしまう。
「こんなことまでしておいて、言ってくれないのか。お前ってば酷い男」
はーっとため息をついて、跨ってる俺を力任せに突き飛ばし、脱ぎ捨てられたシャツを、さっさと着込んでしまった。
「悪いけどタイムリミットだから。オヤツを食べて、勉強しておきなよ」
ガシガシッと頭を撫でて部屋を出て行く後ろ姿に、下唇を噛みしめた。
「――よかったな」
「へっ!?」
(どこがだよ……)
「後頭部のタンコブがなくなって。俺がさっき叩いて、お揃いを作ってやろうとしたのにさ。残念だった」
こちら側に振り返り、小さく笑って肩を竦める。その笑みですらドキドキした。
「俺が戻ってくるまでに、ちゃんと勉強しなよ。出かけるからさ」
「出かける?」
「そ、約束の場所に」
静かに閉じられた扉に、ぼんやりするしかない。約束の場所って、どこなんだろ?
「ちょっとだけ寂しそうな顔してたのも、何気に気になる」
とにかく一緒に出かけるべく、言われたとおりにちゃんと宿題をしなきゃな。
乱れてしまったベッドを元に戻して、まっすぐキッチンに行き、冷蔵庫からプリンを取り出す。
「……プリン。なぁんか胸の中が、モヤモヤするものがあるんだけど」
しかめっ面をしながら、手作りプリンを頬張る歩。
その一方で、診察室にいる周防先生は――
「……やっぱり、思い出してはくれないよね。俺の魅力が、足りないせいなのかな」
机に突っ伏して、反省しまくっておりました。
さてさて、この先のふたりは一体、どうなってしまうのでしょうか?
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