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告白のとき(周防目線)一緒に島へ2

 ぜーぜー息を切らしながら、歩に引っ張られ、元来た道を歩いていると、浜辺から大きな声が聞こえてきた。 「おーい、ヤスヒロ~! 出ておいで」  もしかして、さっきの小さい男のコを、捜しているのかもしれない。 「歩、声のするほうに行こう。人助けをするぞ」 「えっ!? 何で?」 「困った人がいたら助けるのは、当り前のことだろ」  すぐに、親父のところに行きたくなかった俺は、無理矢理な理由をつけて、声が聞こえてきた浜辺に、勇んで足を踏み入れた。  そんな俺の後ろを、渋々といった感じでついてくる歩。  目の前には、最初にこの島で見たイケメン漁師と、山で見かけた細身の男性が、手を繋いでいる姿が目に飛び込んできた。  大きな声を張り上げるイケメン漁師に連れられ、細身の男性がどこか困った表情を浮かべながら、何か言いかけるところに、無理矢理割って入るべく、息を大きく吸い込んだ。  結構、勇気がいることを理解して戴きたい……だって、手を繋いでいるんだから。んもぅ、ふたりの世界を満喫って感じだしね。 「あのさ、人捜し。手伝ってやろうか?」  辺りに響き渡る俺の声に、ぎょっとした顔をして振り返りながら、慌てて手を離したふたり。  イケメン漁師がじぃっと顔を見つめ、小首を傾げて口を開く。 「……周防先生の息子さん、ですか?」  初見でそれを見破るとか、親父の顔の広さに呆れ果てるしかないな。 「やれやれ……この島では親父のせいで、悪さが出来ないね。内地で小児科医をしている、周防 武と言います。コイツは連れのバカ犬」  面倒くさくなり、歩の自己紹介を省略してやったら、バカ丸出しの顔をしてくれた。いつもながらの反応に、内心笑ってしまう。 「ちょっ、それって酷くない!?」 「自己紹介くらい、自分でやれよ。だからいつまで経っても、バカ犬呼ばわりされるんだ」  そんなやり取りをしている俺たちを、細身の男性が口元を押さえて、笑いを堪えていた。さっきまで、悲壮な表情を浮かべていただけに、和んでもらえて何よりだ。 「こちらこそ、紹介が遅れてしまって済みません。島で漁師をしている、井上 穂高と言います」 「えっと、弟の千秋です。はじめまして」  なるほどねー。まったく似ていないから、兄弟に見えなかった。むしろ、恋人同士かと思ったんだけど―― 「看護学生の王領寺 歩です、はじめましてです……」  ふてくされながら、自己紹介した歩の後頭部を、振りかぶって殴ってやった。 「あだっ!」 「ちゃんと笑顔で挨拶しろ。よく見てみろ、目の前にいる元ホストの眩しすぎる笑顔をさ! 見習ってほしいくらいだ」  イケメン漁師に向かって、指差しして言ってやると、ますますぶーたれる歩。    困ったヤツだな、もう……。話題を変えてやるか、仕方ない。 「内輪揉めはこれくらいにして、人捜ししてるんでしょ? もしかしてさっき山にいた、小さい男のコだったりする?」 「そうなんです。かくれんぼして遊んでいたんですが、ちょっと事情があって……」  言葉を濁しながら告げる千秋くんに、隣にいるお兄さんが、瞳を細めて遠くを見渡した。 「隠れられる範囲が、大体定まっているんですが、いかんせん体が小さいコなので、深みに嵌っていたりしたら、大変なことになっているかもと。あ、葵さん。スミマセン!」  視線の先に女の人がいたらしく、声をかけながら手をあげる。息を切らしながらやって来た、綺麗な女の人は俺たちを、不思議そうな顔して見つめた。 「井上さん、康弘に何かあったんですか?」 「男のコの母親です。葵さんこちらは、周防先生の息子さんの周防 武さんと――」 「看護学生の王領寺 歩といいますっ、はじめましてですっ!」  俺の檄が利いたのか、間髪いれずに自己紹介した歩。それを見て、千秋くんがぷっと吹き出す。 「はじめまして……あの、それで康弘は?」 「……俺と、かくれんぼしてたんですけど、なかなか見つからなくて。捜すのが下手なのかな」  千秋くんは表情を引き締めながら、男のコのお母さんに説明し、隣にいるお兄さんに視線を飛ばす。その視線を受けて、柔らかく微笑みながら、口を開いた。 「千秋、いつもの場所は、全部捜したのかい?」 「うん。あ、だけど一箇所だけ入れなかったんだ。海の水が満ちたせいで、その場所まで入れなくて。だから康弘くんも、入れなかったと思うんだけど」 「……もしかして、そこにある岩穴のことかい?」  指を差した先に、それがあったんだけど、潮が満ちたせいで、岩の見えてる部分が、少しだけの状態だった。 (――イヤな予感しかしないぞ、これは……) 「ついこの間、岩場に足を挟めて、ケガをしたことがあったの。だからもう、近づいちゃダメって、言ってあったんだけど」  男のコのお母さんが、言い終えない内に、岩場に向かって駆け出していくお兄さん。俺と同じように、感じたのかもしれないな。 「ねぇ千秋くん、君が捜し始めてから、どれくらいの時間が経っているかな?」  名残惜しそうに、お兄さんの背中を見つめていた千秋くんに、そっと訊ねてみる。 「多分、5分以上は経ってます」 「そうか。結構時間経っちゃってるよね。お見合いパーティ宜しく、自己紹介しあっていたし」  5分以上10分未満……だといいけど。  そんなことを考えながら体を動かすべく、屈伸を始めた。山を登ったり下りたりして、充分にこなれていると思ったけど、念には念を入れなければ。 「何してんの、タケシ先生?」  アホ面丸出しで、歩が訊ねる。 「心肺蘇生前の準備運動。結構、体力使うからね」 「心肺蘇生って、あの……?」  最後の深呼吸をすべく、うーんと腕を伸ばしながら言うと、男のコのお母さんの顔色が、ざっと青ざめた。 「あちこち捜して、見当たらなかった。残るは、そこにある岩場だけってことは、お子さんのいる確率が高いですよね。だけど大丈夫ですよ。大人よりも子どもの方が、水難事故に関しては、救命率が高いんです。身体が覚えているんですよ。お母さんの、お腹にいたときのことをね。それに――」  気合を入れるために、頬をぱしぱし叩いて、改めて向き直って告げたら、多少、不安げな表情が和らいだ気がした。  それを確認してから、波打ち際に足を進めて、海の水温を計るために、手を突っ込んでみる。  ――指先がびりびりするくらい、冷たい。 「海水浴に適さない、この低い水温が、お子さんの脳障害を防ぐ役割を、きちんと果たしてくれるだろうから」 「悪いっ、手間取ってしまった!」  俺の言葉にかぶさるように、大きな声を張り上げながら、男のコを抱えたお兄さんが、突如岩場から出てきた。 「でかした! こっちに運んでくれ」  手間取ったという割りには、早いと思ったのだけれど、渋い顔をして、男のコをその場に横たわらせてくれる。  多分、水面にでも浮いていたのかもしれない――そんな姿を見たら、少しでも早く助けてやりたいと思うのが、人というものだ。  余計な邪念を追い払うべく、気を引き締めながら、男のコの頚動脈に両手で触れながら、他にケガがないか、大まかに診ていった。 「康弘!? 康弘っ」  横たわる男のコに、追いすがってきたお母さん。気持ちは分からなくはないが、バイタルチェック中の今は、離れていてほしい。 「歩、患者さんからお母さんを遠ざけてくれ」  その指示に、お母さんを軽々と持ち上げ、引き離してくれる。 「康弘っ……どうして……」 「お母さん、絶対大丈夫だから。タケシ先生、すっげぇ名医なんだから」  普段聞いたことのない、落ち着かせるような声色が、お母さんの心を打ったのか、離れたところから、俺たちを見守ってくれた。  その様子に安堵しながら、男のコの胸に耳を当てて、心音を確かめる。ショック状態でも、わずかに心臓が動いているときがあるからだ。  頬を強く叩いてみても、声をかけながら、体を揺すってみても、まったく反応なし。呼吸停止に心拍も……止まったままか。意識レベルは300だな。 「千秋……千秋、大丈夫かい?」 「穂高さん――」 「俺がちゃんと捜していたら、こんなことに」  自分を責めるなんて、バカなことを考えているな。こういう事故は、偶発的に起こるものなのに。 「千秋くん、自分を責めるのはお門違いだよ。あの場面で、君が思い出してくれたから、無駄な動きをせずに、みんなで捜さずに済んだ。しかもお兄さんがちゃんと、見つけてくれたじゃないか」  心拍を再開させるべく、男のコの上に跨り、胸を押してやる。千秋くんがどんな顔して、俺の言葉を聞いたかは分からない。  だけど小さな声で、ありがとうございますと言ってくれたのが、結構嬉しかった。 「発見が早いに、こしたことがないんだからね。俺としては、大助かりなんだから……っと、やっぱあまり水を飲んでないみたいだ」  胸を押し続けたら、口から少量の水が出てきた。冷水に浸かり続けたせいで、早く意識を失ったため、水を飲まなかったのかもしれない。 「歩、親父んトコ行って、ドクターヘリ、頼んでちょうだい。低体温療法が出来る病院に、搬送するように! 医者の俺と、お母さんが乗り込むことも言ってほしい」 「わかった! ……だけど場所がわからねぇよ」 「俺が案内する、ついて来てくれ!」  駆け出す音がふたつ、耳に入ってきた。町の救急車より、早いかもしれない。  そんなことを考えていると、男のコの顔に変化が―― 「ゲホッ…う、ゲホゲホッ!」  苦しそうに顔を歪ませ、激しく咳き込んだ。呼吸をしてくれた兆しだぞ! 「康弘っ!? 康弘、分かる? お母さんよ!」 「康弘くん、しっかりして!」  頭のところに跪き、必死に呼びかけるお母さんと千秋くん。もう一度胸元に耳を当て、心音を確認してみた。   「よしっ、心拍と呼吸が再開した」  ふたりに向かって、右手親指を立てて、バッチリ大丈夫だと見せてあげる。 「意識が戻らないのは、ちょっと心配だけど、とりあえず小学校のグラウンドまで運ぶよ。千秋くん悪いけど、俺のカバン持ってくれないか?」  男のコの両腕を掴み、背中に背負って、急いで駆け出した。歩が親父のところに到着し、今頃、グラウンドで待っているかもしれないと思いながら――

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