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告白のとき(周防目線)一緒に島へ

 (言った……言ってやったーー)  山に通じる道を、ワケもなくどんどん登って行くと、肩に手を置かれて止められる。 「ちょっ、タケシ先生待てって。あれは、ないんじゃないのか!?」 「はじめに言ってあったでしょ。それを、口頭と行動で示してやっただけだ」 「いくら何でも、あれはやり過ぎだよ。お父さん、ショックを受けていたじゃないか」 「あの人には、あれくらいが丁度いいんだよ。心配する必要ないね」  困り果てる顔をした歩をひと睨みし、颯爽と上を目指した。どこに続いてるのか、知らないけれどーー 「なぁ、タケシ先生」 「何だ? これ以上、お前からの苦情を聞きたくないよ」 「違うって。この道、ずぅっと登って行ってほしいんだ。ちょうど行こうとしていた場所に、繋がっているから」 「歩?」  告げられた言葉にふと立ち止まると、右手をぎゅっと握りしめる。 「タケシ先生のお父さんとお母さんが、この島で、どんな景色を見て過ごしているのか。俺なりに、調べてみたんだよ。さぁ行こうぜ」  掴んだ手をぶらぶら揺らしながら、どこか楽しそうに引っ張ってくれる。まるで、慰められているみたいだ。 「っ……歩、俺は――」 「大丈夫、分かってるから。今は黙って、ついて来てよ」  それはそれは、包み込むような柔らかい笑みで、俺を見ながら告げてきたのだが、そんな風に言われたら、素直に従うしかないじゃないか。  苦笑して引っ張られるまま、黙って後をついて行くと、繋がれている手がいつもと違うことに、そこで気がついた。  左手親指に嵌められた、見慣れないシルバーリングが、日の光を浴びて輝いてる。時折きらりと光るそれに、今まで気がつかなかった、俺って一体……  それだけ自分のことで、いっぱいいっぱいだったってことか。恋人のちょっとした変化に気づけないなんて、本当にバカみたいだ。  何の気なしに、繋がれている親指でそれに触れていると、歩が気がついて振り向いた。 「どうした、タケシ先生?」 「あ、うん。これ、似合ってるなって」  気づいてやれなくてゴメンって言いたいけど、自分に余裕がなさ過ぎて、そこまで言えない。  どうにもバツが悪くて、顔を伏せていた俺を、わざわざ覗き込んでから、掬い上げるように、ちゅっとキスをしてくれた。 「サンキュ、褒められるとやっぱ嬉しい!」  いつものようにデレデレという感じの、だらしない顔をする。実はそんな顔も、好きだったりするのだが―― (褒めてやると、とことんつけ上がって大変なことになるから、あまり褒めてやらずに、叱ってばっかりだったもんな。反省せねば……) 「あのね、指輪って嵌める位置によって、意味があるんだぜ」 「へえ……」 「親指に嵌める意味は、信念を貫く・困難を乗り越えて、目標を達成っていう意味があってさ、行動力や意思を表したいときに、効果が発揮されるらしいよ」  それって、お前―― 「タケシ先生は俺に、何もするなって言ったけど、ぼんやりなんて、してられないじゃん。ずっと傍にいるために、しなければいけないことなんだから」 「そうかもしれないけどね。でもお前にあまり、負担をかけたくないんだ」 「昔の偉い人が言ってたろ。苦労は、若いうちにしておけって」  何かそれ違うと口元で呟いたら、くすくす笑って更に力強く、上に向かって引っ張ってくれた。 「俺はぜってー、この手を離さない。タケシ先生が嫌がっても、握りつぶしてやる勢いなんだ」 「大事な手を、握りつぶしてくれるな。バカ犬が」  歩の行動は……言葉は、いちいち俺の胸に刺さってくる。だから離れられない、忘れられないんだ―― 「なぁ、どこまで行くんだ?」  ぐいぐい引っ張られながら、随分と登っているような気がするのだけれど。途中にあった脇道でも、いい景色が見られそうなくらいなのに。 「勿論、てっぺんまでに決まってるだろ! あと少しだからさ、頑張ってタケシ先生」  む……何かその発言、年寄り扱いみたいな感じ。 「言われなくても、こんな上り坂、楽勝に決まってるだろ。バカにするな!」  歩の手を振り解いて、腰に手を当てながら、一歩前を歩いてやった(`・‐ェ‐´)  ぜーぜー息が切れたのは、日頃の運動不足の証拠だと分かったので、地元に帰ってから、何とかしようと考えてっと。 「……おい、これのどこが、オススメなんだよ」  肩で息をしながら、眉根を寄せて言い放ってやる。  目の前に広がる景色は、だだっ広い草原のみで、のどかな高原と表現すれば、いいだけのものだった。  背後を振り返ると海が見えるので、これはこれで、絶景と呼べるかもだけど。 「今はこんなんだけど、ゴールデンウィークは、こんな風になってるんだぜ」  持って来ていたカバンから、スケッチブックを取り出し、パラパラ何枚か捲ってから、それを見せつけるように手渡す。 「これ、は?」 「この、緑の葉っぱについてた花だよ。ここ一面ぜーんぶその花が、覆いつくしていたらしい。有名写真家がここに来て、撮影していったのを、ちゃっかりスケッチしてみました」  すごい――こんな殺風景な景色が、花ひとつで、こんな風に変わるんだ。 「きっとその時期、ご両親揃って、花を見に来てるんじゃないかなって」  親父に花を愛でる趣味があるとは思えないが、お袋に誘われたら、断れずについて行くかも知れない。 「やっぱ、実際に目で確かめたら、どこか印象が違うな。ちょっとだけスケッチしていい?」  俺が了承するのを見越してなのか、いきなりしゃがみ込んで、カバンから画材を取り出し、目の前の景色を見ながら、丁寧に色を塗っていく。  そんな歩の背中に自分の背中を、くっつけるようにして座り込み、反対側にある海の景色を楽しんだ。 「……俺さ、昔っから親父とケンカして、困らせてばかりいたんだ」 「さっきのやり取り見て、スゲェなって思った」  ちょっとだけ笑った声が、耳に心地いい。 「親父がさ、個人病院を開業していたから、俺がそれを継ぐっていう、将来が決まっていたのが、実はイヤでね」 「タケシ先生は、他に何かやりたいこととか、なかったのか?」  時折吹いてくる下からの海風が、荒んだ俺の心を和ませてくれるみたいに、吹き抜けていった。 「他にやりたいことがあれば、医者なんかになってないよ」 「あのさ、俺バカだから、よく分かんねぇんだけど、医者になるのって、超頑張らないとなれないじゃん?」 「超頑張ったかどうか、覚えていないな」  実習漬けの毎日に、ただ日々を過ごしていた感じかも。 「タケシ先生、どうして小児科医になったんだ?」  紙の上をなぞるような筆の音が止み、不思議に思って、顔だけ振り向くと、歩が俺の耳元に、唇を寄せていた。  興味津々のその眼差しに、応えられるだろうか? 「子どもが一生懸命に病気と向き合うところに、心を打たれたから、かな。その手伝いがしたいと思ったんだ」 「そっかー。そのお陰で俺はタケシ先生と、出逢うことが出来たんだよな。子どもたちに感謝しなくちゃ!」  歩らしい言葉に、笑みが零れる。さっきまで落ち込んでいたのが、ウソみたいだ。 「だけど俺が、小児科医を専攻したことで、親父と見事、ぶつかっちゃったんだけどね」 「あ、そういえば……お父さんは、内科医だったっけ?」 「うん。併設してやろうって、俺から提案出したんだけど、そんな中途半端はイヤだって、随分とごねられてさ。結果、この島に移住させてしまったんだ」  俺が、親父を追い出した――だけどこれでよかったって思ってる、自分がいるのも確かなことで。一緒に病院経営なんてしたら、きっと診療方針やその他のことで、揉めるのが目に見えているから。  視線を伏せたら、後ろから体をぎゅっと抱きしめてくる歩。 「俺さ、自分が病気になっていろいろ考えたって、前に言ったことがあったろ?」 「そうだね……」 「もしかしての話なんだけどさ、病気が再発したら最悪、あとどれくらいの寿命なのかなって」  抱きしめている手に、そっと自分の両手を重ねてやった。 「何のために、俺が傍にいると思ってるんだ。絶対に、再発なんてさせないよ」 「ホント、優秀な恋人だよなタケシ先生。俺には、勿体ないくらいの人だ」 「何を言ってんだか。冗談でも最悪の話なんて、聞きたくないよ」 「だけどさ俺だけじゃなく、みんなが限られた寿命を、持っているワケでしょ。その中で最低限でも、目の前にいる人たちの幸せを、見てみたいって考えたんだよ」  俺の頭に顎を置き、吐き出すように言葉を発する。 「タケシ先生の幸せも、タケシ先生のご両親の幸せも。俺の親も妹も。友達の幸せも」 「……うん」 「その幸せを見るために自分が出来ることは、進んでしてやりたいって思ってるんだ。これは俺の、ワガママなのかもしれないけれど」  俺は自分のことだけで一生懸命で、他人のことなんて、これっぽっちも考えていなかった。だからこそ、歩の言葉がじんと胸に染みる―― 「俺なんかよりも、歩の方が出来がよすぎて、勿体無いかもしれないな」 「なーに、言ってんだよ」  どこか、照れた口調の歩。 「お前は俺が持っていないものを、たくさん持っているよ。俺はどこか、冷たい印象をもたれてしまうのは、そういう大切なものが、欠けているからなんだろうな」 「そんなこと、ないってば」 「あるある。お前の目はしっかり、恋人フィルターがかかっているから、俺が良く見えるだけなんだよ」 「だったらそのフィルターを、お父さんにもかけちゃえばいいのに」  ……何、無理なことを言ってくれるんだか。 「今のタケシ先生の顔、すっげぇいい感じなんだ。その顔で、さっきのことを謝らないか? 俺も頭を下げるし」 「必要ないよ、そんなの」 「タケシ先生が必要なくても、俺は必要だから言ってるんだって」  苦しいくらいに、体を抱きしめてきた。 「歩……」 「タケシ先生と同じくらい、お父さんのことも大事にしたいって思ってる。そんな大事な人だからこそ、俺たちのことを認めてほしいんだ。一緒に頑張ろうよ」 「でも――」 「落ちる確率、限りなくゼロに近かったタケシ先生を、ちゃっかり落した俺だぜ。認めてくれるまで、何度でもここに通うから」  確かに。コイツの根性は、人並み外れていたっけ。思い出したら、笑みが零れてしまう。 「ウザがられて、親父に嫌われるかもね」 「ええっ!? それってヤバくない? どうすればいい?」  慌てふためく歩が面白くて、ついからかってしまった。 「さぁね。どうすればいいんだか、俺にもサッパリだ。あ、誰か人がいる?」  草原の途中にある横道に、小さな男のコと細身の男性が突如現れた。仲良さげな感じは、親子なのか兄弟なのか―― 「なぁタケシ先生……」 「分かったよ。お前の言うこと聞いてやる。だから進んで、アシストしてくれよな」  素っ気なく言ったつもりだったのに、やけに声色が生ぬるかった。まるで歩に、デレデレしているみたいじゃないか。 「うんうん、アシストしまくる~!」  嬉しそうに言って、頬ずりしてくれたのだけれど―― 「おい、ちくちくするから止めてくれ。お前、ヒゲちゃんと剃ったのか?」 「え~? 粗相がないように、しっかり剃ったんだけど。やっぱ若いから、すぐに生えちゃうのかも」 「はいはい、若さアピールはそれくらいにして、親父のところに行きますよ。うーん……いい休憩になった」  立ち上がって伸びをしたときには、下にいたふたりが、いつの間にかいなくなっていた。こんなところに長く滞在するのは、歩や写真家くらいだろうな。 「あっ、待ってくださいよタケシ先生! すぐに片付けるから」 「大丈夫だ。ゆーっくり先に下りてるから、追いついて来い!」  山は登るよりも、下りるほうが足腰に負担がかかる。故に、ゆっくり下りることにしてみた。歩のヤツは足が早いし、若いんだから、すぐにでも追いつくだろう。  カバンを左手に持ち、よっよっよっといった感じで、リズミカルに坂道を下りていると、がばっと後ろから、体を抱きしめたバカ犬。 「おっと! 危ないじゃないか。足元が砂利なんだから、滑ったらどうするんだ?」 「ぜってー転ばせない自信ある! だから抱きしめてやったんだよ、タケシ先生」  真夏の太陽がさんさんと照りつけ、ただでさえ暑いからこそ、この密着は勘弁してほしい――とは言えないんだよな。 『ひとりぼっちにされて、寂しかったんだ!』  というキモチが俺を見る眼差しから、ひしひしと伝わってくるが故に、上手く口が開けない。 「手、繋いで下りちゃダメ?」  それって、俺の足腰を心配して言ってる? それともただ単に、接触したいから言ってるんだろうか? 「好きにするといい……」 「やりぃ。タケシ先生の右手は、俺のモノ!」  嬉々として手を握りしめ、走って坂道を駆け出そうとする。 「おおお、おいっ! ゆっくり下りたいんだってば!」 「そんな風に、ちんたら下りてないで、さっさと走ちゃおうぜ。早くお父さんに逢いたい」  歩の方が背が高いので当然、足のスライドも俺とは違って大きいんだ。最終的には、ブレーキの役目を果たしていたんじゃないだろうか。  まぁ、積極的に親父に逢いたいとは、どうしても思えないからな――

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