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伝えたい想い~一緒に島へ~
全身ずぶ濡れになりながらも、一生懸命に走る背中を追いかけるべく、食らい付くように走っていたのだけれど。
(ん? 疲れてきたのかな、スピードが落ちてるような? でもここは、急がなきゃなんねぇし)
「あのっ、もう少しスピード上げてもいいっすよ!」
「済まない。つい考え事をしてしまって、スピードが落ちてしまったね」
「考え事って、さっきの康弘くんだっけ? 大丈夫っす! タケシ先生がぜってー、助けてくれますから」
俺の病気を一発で見つけてくれたりと、腕はばっちり保障済み。名医なんだ。
タケシ先生の顔を思い出し、微笑みながら告げると、意味深な笑みを浮かべて、俺の顔を横目で見つつ、自分の首にちょいちょいと指を差す。
「そのチョーカー、すごくステキだね。彼からの贈り物なのかい?」
井上さんの言葉が、頭の中で何故だかリフレインした。
この人の色っぽい流し目や眩しい微笑みは、タケシ先生が見習えというくらい、魅惑的なもので、ドキドキさせられてしまい――
それだけじゃなく、『彼からの贈り物』というセリフが、更にドキドキを加速させた結果、足の回転速度が勝手に高まり、井上さんを追い越した挙句、ずしゃっと絡まってこけてしまった……
(――俺ってば、超バカ!)
((((o ̄. ̄)o ・・・・・・・・ミ(ノ;_ _)ノ =3 ドテッ
「おい、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄り、ずいっと手を差し伸べてくれたんだけど、思わず退いてしまう。ちょっとだけ……
タケシ先生とは違った感じのイケメンな上に、声色や仕草が妙に色っぽくて、無駄にドキドキするんですけど!
さすが、元ホスト。只者じゃねぇ……
「みっ、水に滴るいい男に、そんなことを言われても、俺的には無理って言うか、えっと……そのぅ////」
あれ、何か変な感じがするのは俺の気のせい?
(正しくは、水も滴るいい男w)
結局、井上さんの差し出してくれた手を借りずに、さっさと自分で立ち上がり、転んで汚れてしまったズボンを、ばしばし叩きまくった。
「……誘ったとか、そんな深い意味はないよ。ただ、チョーカーがとても似合っていたから、指摘しただけなんだが」
「すみませんっ、普段滅多に褒められたりしないから、いきなりワケ分かんねぇことを、つい口走っちゃって」
「こっちこそ、急いでる足を止めて済まない。目の前にある、白い建物がそうだから」
指を差してくれた先に、白い建物が目に映った。
「よしっ!」
転んで、時間をかけてしまった分を取り返すべく、一気に駆け出した俺。頬の赤みを見られたくなかったとか、タケシ先生以外の人にドキドキしちゃったからとか、そういう理由からじゃなく、一刻でも早く辿り着きたかったからだと言っておく!
診療所の扉を開けて靴を脱ぎ捨てると、診察室と書いてあるプレートのところまで、一直線に足早に進んだ。
何も考えずに、思い切ってドアノブに手をかけ、えいやっと開け放ったら目の前には、椅子に腰掛けて書き物をしている、お父さんの姿が――
その感じが、すっげぇタケシ先生にソックリで、思わず和んでしまうレベル。だけど、和んでる場合じゃねぇんだよな。
「お父さんっ、緊急事態です!」
「おとうさん!?」
しまった! 和み半分に緊張感半分だったから、ついお父さんって言っちゃったΣ( ̄⊥ ̄lll)これ以上、嫌われたらどうするんだよ、ヤベェって!
頭の中が大混乱状態、んもぅ何かが踊り狂っていると、言ってもいいかも。
その結果――
「すみませんっ! あの周防先生、タケシ先生を俺にください!!」
「"o( ̄ヘ ̄;)はぁ!?」
「( ̄O ̄;) ウォッ!」
思わず発してしまった言葉に、お父さんはしかめっ面をし、あとからやって来た井上さんが、変な声をあげていた。
その後、慌てふためく俺をこれでもかと怖い顔して睨んでから、後ろにいる井上さんに視線を飛ばす。
「何、寝ぼけたことを言ってるんだね。それよりも井上さん、どうしてずぶ濡れになっているんだ?」
「ヤスヒロが海で溺れて、息子さんが今、救命措置をしているんです」
そうだよ、それを先に伝えなきゃならねぇのに、俺ってば何をやってるんだか……
「そうなんです。なのでドクターヘリを呼んで欲しいって、タケシ先生に頼まれました。えっと、低体温療法が出来る病院に搬送して欲しいのと、患者さんと一緒に、お母さんとタケシ先生が乗り込むからって。お父さん」
「おとうさん!? (;`O´)o」
うおっ! またやってしまった。
「あの周防先生、準備があるなら手伝いますけど」
間髪いれず、フォローするようなことを言ってくれた井上さんに、心の中で感謝するしかない。
あたふたする俺を尻目に、お父さんは傍にある引き出しに手をかけ、音を立てて引っ張り、中からタオルを取り出して、井上さんに向かって、ぽいっと投げつけた。
「とりあえず、それで拭きなさい。風邪を引いてしまう」
「ありがとうございます……」
「そして王領寺くんっ」
びしっと名前を呼ばれ、うきゃっと言いそうになり、慌てて口を塞ぐ。ぎろりと見つめてくる視線が怖いこと、この上ない。
「はいっ、おっ……周防せんせぃ」
また、お父さんと言いそうになり、くっと言葉を飲み込んだ。
「奥にある、ストレッチャーを持ってきて、そこにある酸素ボンベを乗せてくれ。俺は病院に連絡してから、カルテをコピーしてくるから」
「ストレッチャーと酸素ボンベ?」
「あ~もぅ! とっとと動けよ! こんな狭い敷地に、ヘリが置けるワケないだろう! 想像力を働かせろ」
イライラしながら言い放つところなんて、タケシ先生にソックリだ。
その様子に、ぽかーんとする俺を見て、井上さんがまたまたアシスト的な発言をしてくれる。
「カルテ室にあるファイルから、ヤスヒロのヤツを探して、コピーすればいいんですよね? それくらい、俺がやりますよ」
「おう、助かる。ほら、王領寺くん早くしないか!」
そろそろ本気を出して、お父さんに認めてもらわねば!
「キリッ(・⊥・)/はい! 周防先生っ」
そして、それぞれの役割を果たすべく、てきぱきと動き出したのだった。
ほんのちょびっとでもいい、俺のことを認めてほしいなぁと考えながら、ガラガラとストレッチャーを運び、すんげぇ重たい酸素ボンベを持ち上げ、よいしょっとストレッチャーに置いてやる。
「よしっ、ヘリは10分以内に到着予定だそうだ。それぞれ、準備は出来たか?」
「コピー完了しました!」
「言われた物、ここに準備OKっす!」
ばしばし叩きながら言い放つと、チッと舌打ちして、顔を背けながらしゃがみ込み、下の引き出しから、大量の氷嚢を取り出したお父さん。手にしたそれを放るように、俺に手渡してくれた。
「じゃあ、王領寺くんはこれに、氷を入れておいてくれ。井上さんは俺と一緒に、こっちに」
顎で冷蔵庫を指し示すと、井上さんとふたり、どこかに消えてしまう。
「井上さんとの対応の落差に、嘆いていてもしょうがない。とにかく、言われたことをきちんとしなきゃ」
冷凍庫を開けて、中にあるスコップで、氷嚢に氷を入れていった。
「だけどなぁ、辛いよなぁ……タケシ先生が、ずばっと言わなくても、きっとあの態度を、されちゃうんだろうなぁと想像つくけどさ」
ブツブツ言いながらも、一つ目の氷嚢に氷を入れ終え、蓋を閉じて、次の氷嚢に手早く氷を入れていく。
「お父さん、俺のことをどんな風に思ってるんだろ。可愛い息子を、変な道に導いた変態って、思われていたらイヤだなぁ、ううっ……」
あからさまな嫌悪は予想していたけど、あそこまでとは思っていなかったから、ダメージが半端ない状態。
「逃げ出してぇ……」
ため息をつきながら呟いた言葉は、今の自分の心情だけど、それじゃあ解決しない。
二つ目の氷嚢にも氷を入れ終え、三つ目に手をつける。
タケシ先生と一緒にいるためには、絶対に超えなければならない壁なんだ。なので、諦めるワケにはいかない。
「お父さんに、どうやって好かれたらいいか、ぜんっぜん分かんねぇけど、自分がやれることを、一生懸命にするしか方法ないよなぁ……とりあえず頑張るか!」
気合を入れ直し、次々と氷嚢に氷を入れ終え、それを持って立ち上がったとき、お父さんが戻って来た。
「終わってるな。よしそれをストレッチャーに乗せて、外に運べ。そのまま小学校のグラウンドに急ぐぞ」
「はいっ、周防先生!!」
言われたことをこなすべく、勢いよくストレッチャーを押して、一番先に診療所を出たんだけど。
「……すみません。小学校の場所が分かりません」
ぽつりと立ち尽くす俺に、ふたりに揃って、苦笑いをされてしまった。
それは仕方のないことだろうけど、先走って失敗する俺の心は、見事にズタボロ。
こんなトコ、タケシ先生が見たら、『だからバカ犬なんだよ、お前は』って言いながら、後頭部を叩いてくれるんだろうな。楽しそうな顔してさ。
そんなタケシ先生の顔を思い出したら、自然と笑みが零れる。
「あのっ、小学校はどこっすか?」
挫けずにいられるのは、タケシ先生がそこで待っているから。早く逢いたいキモチが、俺を突き動かしてくれた。
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