92 / 126
伝えたい想い~一緒に島へ~(周防目線)
小学校の校門を通ったら、親父たちは既にグラウンドにスタンバイしていた。不安げにしている歩の顔が、一番最初に目に留まる。
あんな表情をしているということは、何かヘマやらかして、親父にこっぴどく叱られたんじゃないだろうか――
そんなことを考えながら、彼らの前に辿り着いた。
「武っ」
第一声、何て声をかけようか考えあぐねていたら、向こうから、大きな声でかけられてしまい、うっと言葉を飲み込むしかない。
ああ、何から話そうか――とりあえず見たまま、言葉にしてみようっと。
「あ、その……いろいろ用意してくれてありがと。氷嚢とか、すっごく助かるわ」
「低体温療法だと聞いたからな、当然だろ。容態はどうなんだ?」
用意されたストレッチャーに患者を乗せたら、反対側から手を出してきて、氷嚢を冷やしたいポイントに、てきぱき置いてくれた。
負けじと俺も、反対側の体を冷やしてやる。
「意識レベルが300ってトコ。心肺蘇生法で心拍も再開して、呼吸は水を吐き出したあと、咳き込んでくれたお陰で再開したんだ」
「ということは、あまり水を飲んでいないな?」
「ああ、水に浸かって早々意識を失ったみたい。だから、目を覚まさないんだと思う」
「井上さん、康弘はどんな状況だったんだね?」
最後の氷嚢を当て終え、離れた所にいる彼に問い質した親父。井上さんの傍にはいつの間にか、千秋くんやお母さんがいて、心配そうな表情を浮かべ、俺たちを眺めていた。
「俺が岩穴の中に入ったら、水の底に浮かんでいて。潜ってみたら、左足が岩に挟まってました。こう、両手を挙げて昆布みたいに漂って、プカプカしている状態というか」
言いながら、両手を挙げて体を揺らし、見たままを表現してくれた姿に、苦笑してしまった。
肺が浮き袋になったから、その場に浮いていたみたいだな。本来なら流されるところだったのに、足が岩に挟まっていたお陰で、留まることができたんだ。
目の前にいる親父を見たら、同じことを考えていたのだろう。分かったような表情を浮かべ、何度か頷く。
「なるほどね。だから水を飲んでいなかったんだ。納得……それよりもヘリは、あとどれくらいで来る?」
「もう間もなく到着だ。お前、乗っていくんだって?」
腕時計を見た視線を、すっと遠くに飛ばした。視線の先にいたのは、ちょっと怯えた顔した歩。
さっきから何で、あんな顔をしているんだ?
「……悪いけど一晩、アイツ頼むわ。躾はしてあるけど、駄目なトコは叱ってやって。だけど――」
「何だね?」
大事なやつを、冷淡な親のところに置いていくんだ。だからこそ、頼まなければ。
「歩を、ぞんざいに扱ってほしくない。悪いのは俺なんだから、全部……」
「タケシ先生――」
俺の台詞に、歩は泣き出しそうな声を出した。
バラバラバラバラ……これからっていうときに、遠くからやって来る、ヘリの音が聞こえてくる。
「親父、さっきのことさ……」
ヘリが到着する前に、きちんと伝えなければ。歩と約束したんだ、口に出して伝えないと――
「さっきのこと?」
今更なんだという、しかめっ面をしてくれたが、そんなの気にしてる場合じゃない。
「ああ……フェリーから降りた途端、俺、とんでもないこと言ったなって。礼儀がなっていなかった、反省してる。だけど、分かってほしかったんだ。大好きな親父に、理解してほしかったから。愛する人のことを……」
言い切ったときには、ヘリは砂煙を巻き上げ、グラウンドに到着し、音を立ててハッチが開いた。
「お待たせしました、患者の容態は?」
中からの声に、親父とふたりでストレッチャーを押しながら、てきぱきと答えてやる。
「呼吸脈拍ともに正常ですが、意識が戻りません。私、周防小児科医院院長の周防 武です。千秋くん、カバン!」
搬送を親父とヘリの人に任せて、千秋くんに手を差し出した。
「あっ、すみませんっ!」
慌てながらも頑張ってくださいと、ひとこと付け加えて、カバンを手渡してくれる。
その後、男のコのお母さんが乗り込み、井上さんと千秋くんが、それぞれ声をかけた。
それを見計らってから、ヘリに乗り込もうとしたら、背中をグイッと掴んでくるヤツがいて――
「何を引き止めようとしてんだ、バカ犬が」
急がなきゃならないってときに、何をしでかしてくれるのやら。
「あっ、あのぅ……ちょっとだけ、お耳に入れたいことがありまして」
「何だよ、早く言えって!」
イライラしながら言い放つと、おどおどした顔して、耳元でそっと告げられた言葉は、思ってもいなかったことで――
「俺さ、お父さんに……タケシ先生をくださいって言っちゃった」
それを聞いた瞬間、いつもの倍の力を使って、歩の頭を殴ってやる。
「おまっ、バッカじゃないの////」
親父ってば、歩からそんなことを聞かされたから、逢ったときよりも、機嫌が悪くなっていたのか。納得した……んもぅ、恥ずかしくて、どうにかなりそうなんだけど////
頬の熱を感じながら、勢いよく自分でハッチを閉めてしまった。
その後、歩がどうなったのかは知らない。
俺は、目の前の患者さんに対して、一生懸命に仕事をしたから。落ち着いたら、電話でもしてやろう。
とんでもないことを口走ってくれたのを、まずはきちんと叱って、それから――
よく言えたねって、褒めてやりたいと思う。
ともだちにシェアしよう!