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伝えたい想い~一緒に島へ~(歩目線)

 タケシ先生を乗せたヘリが、青空の遠く彼方に消えて行くのを見送っていたら、お父さんに戻るぞと声をかけられた。 「あ、はい……」  ちょっとだけビビリながら、足取り重くついて行く。  タケシ先生がいない家に俺ひとりとか、どうすりゃいいんだって感じ。 「周防先生、いいですね!」  唐突にかけられた言葉に、何だろうと思って振り返ると、唇を綻ばせた井上さんが、瞳を細めて俺たちを見ていた。 「何がだね?」  んもぅ、不機嫌そうなお父さんの声色が、何気に怖すぎて、口を開けねぇよ。井上さん、よく普通に喋っていられるな。 「息子がもうひとり、出来たように見えるなって。そういう考えも、悪くはないでしょう?」  その言葉に、お父さんは後ろにいる俺の顔を、これでもかとイヤそうな表情を浮かべ、じっと見つめてきた。  だけど、井上さんが言ってくれた考えは、ちょっぴり嬉しかったりしたのだ。  タケシ先生が長男で、年の離れた俺が弟――実際は恋人だけど普段のやり取りは、兄弟に見えなくはないもんな。  そんなことを思い出して、つい。 「・・・・・Σ( ̄⊥ ̄lll)・・・・・オトウサン」 「おとうさんっ!?」  コッソリと呟いたのに、聞き漏らさないところが、タケシ先生のお父さんというか…… 「ヒッ、すみません! 周防先生!!」  腰に手を当てて怒るその姿は、まんまタケシ先生にソックリ。間違って抱きついたら、もっと叱られるんだろうなと、内心苦笑いしながら、頭をペコペコ下げた。 「ぞんざいに扱ったら、息子さんに叱られますよ」  クスクス笑って指摘する井上さんに、ますます憤慨して、やれやれと溢した。 「ふん、これも躾のうちだ。まったく全然、躾がなっていないじゃないか。あのバカ息子め!」 「ぅ、すみません、すみませんっ!」  そこんとこ、俺の態度が悪いって、しっかり分かってます。いつも反省しまくっているんだけど。 「あまり苛めたら、嫌われてしまいますよ。周防先生」 「嫌われて結構だ、放っておいてくれ」 「どんなことを言われても、嫌ったりしません。むしろ大好きです、お父さんっ!」  ぷいっと顔を横に背けたお父さんに、両拳をぎゅっと握りしめ、思い切って大きな声で言ってみた。  俺の大事な人――タケシ先生もタケシ先生のご両親も、みんな大好きなんだ。そのキモチを知ってほしかったから、力説して言ってみたら、お父さんがぶわっと顔を赤らめ、視線を右往左往して、困った表情を浮かべる。  それは、タケシ先生がヘリに乗り込む前に見せた、赤ら顔と同じくらい――いやいや、それ以上に、真っ赤な状態に見えた。 「お父さんと呼ぶな、このバカたれが! いい加減にしないと、殺してやるぞ!」 「ひぇっ!? ちょっ!? ( ̄⊥ ̄ノ)ノ」  その様子をビックリして、まじまじと見つめていたら突如、俺の首根っこをがしっと掴み、力任せに引っ張りながら、診療所に向かって、苛立ち任せに歩いて帰る。  この感じも、タケシ先生にソックリだな――直球投げつけたら、どうしたらいいか分からない顔して、誤魔化すように力技を駆使するところ。 「お医者さんが、殺すなんて言っちゃダメですよ!! 頑張れ~王領寺くん」  井上さんが手を振りながら応援してくれたので、小さく振り返してあげた。 「医者じゃなかったら、こんなヤツとっくに……」  ぶつぶつと、何か文句を言ってるお父さんの頬は、相変わらず赤いままで、強引に引っ張られながら、思わず笑みを浮かべてしまう。  これがタケシ先生なら後ろから、うりゃーと抱きついて、すりすりと頬ずりしてあげるところなんだけど、生憎お父さんにそれは絶対に出来ない。 「あっ、あのお父さんっ」 「お父さん言うな!」 「じゃあ、親父ぃ……?」  タケシ先生のマネして、語尾を上げながら言ってみたら、掴んでいた首根っこの手を、ぽいっと離されてしまった。 「うわっと!?」  転びかけながらも、踏ん張る俺。いつもタケシ先生にされてる行動だからこそ、この反射神経なのである。 「赤の他人のクセして、そんな風に気安く呼ぶんじゃない。叱られるのが分かっていながら、どうして同じ過ちを繰り返すんだ?」 「そ、それは……いつかは許されるかも。なぁんて思ったりして。アハハ……」  心の中で、お父さんを連呼しているからだと言ったら、火に油だろうな。どうせ何を言っても、文句を言われるだろうけど。 「あぁ……タケシの趣味が分からん。何で、同性なんかと付き合ってるんだ。理解できん」  額に手を当てて、肩を落とし歩いて行く後姿に、声をかけにくい――だけど言わなくちゃ。  タケシ先生は俺が全部悪いんだと、お父さんに言ったけど、きっかけをつくったのは自分なんだ。だから―― 「そのことについて、ちょっと聞いてください。おとうさ――」 「お父さん、ただいま。その方、患者さん?」  艶のある高い声に言葉を飲み込み、顔だけで振り返ると、タケシ先生に似た茶色い髪を、ひとつにまとめ上げた、年配のご婦人が日傘を差して、大きな買い物袋を手に、俺たちを見ていた。  そのご婦人の口元の形が、タケシ先生のものとソックリで、しかもそばにあるホクロが、何とも言えず――  否応なしに、ドキドキしてしまう。何なんだよ、タケシ先生のご両親。俺を悶え殺す気ですか!? 「お帰り。残念だが武はドクターヘリに乗って、本土に行ってしまった。今夜はお連れさんだけだ」  面倒くさそうな顔して、顎で俺を指してくれたお父さん。 「お連れさんって、お嬢さんじゃなかったの?」 「すみませんっ、本当にすみません! あの俺、王領寺 歩っていいます。タケシ先生と、お付き合いさせてもらってます!」  突然のお母さんの登場に、頭がパニックになり頭を45度に下げながら、自己紹介を必死でした。  というか、他に言葉が見つからねぇよ……まともな挨拶、事前に勉強しておくんだった。 「武とお付き合い?」 「出会い頭、武に言われたよ。何でも、友達付き合いじゃなくって、この男とSEXしてる。肉体的な深い関係なんだってさ」  <(゚ロ゚;)>ノォオオオオオ!! ナンテコッタ!!  やっぱ親子なの!? いきなりそれ言っちゃうとか! ちょっとぐらい、オブラート的なものに包んで、柔らかく言うことが出来ないのかよ(涙)  ハラハラする俺の目の前で、お母さんは真顔になり、暫く固まったままだった。ショックで持っている買い物袋を落すんじゃないかと、いつでも受け止められるよう、心の中で密かに準備していたんだけど。 「……そう。あのコ、昔から変わったところがあったから。誰かさんに似て。王領寺くん……」 「は、はいっ!」 「アナタの傍で武は、幸せそうにしているのかしら?」  文句を言われるものだろうと身構えていた俺に、投げつけられた質問は意外なもので、呆気にとられてしまった。  意味なく、首についていた南京錠を触ってみる。はじめて、これをつけてくれたときのことを、ぼんやりと思い出して―― 『やっぱり、すごく似合ってるよ歩』  俺の目に映った、チョーカーをつけてくれたときのタケシ先生の顔は、とても嬉しそうで、幸せそのものに見えたんだ。  だから自信を持って、ハッキリと言える。 「はいっ! すっごく幸せそうにしております」 「なら良かったわ。どうぞ、煩い人がいる家だけど、遠慮せずにゆっくりしていってね」  お父さんと対照的な扱いで、お家に招かれてしまい正直なトコ、どんな風にしていたらいいか分からずに、おどおどするしかなかったのである。

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