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揺るがぬキモチ~一緒に島へ~(歩目線)

 ああ、もうタケシ先生――  電話にメール、スマホのアプリ機能を使い、必死こいて連絡しまくったのだが、捕まる気配すらない状態に、胸がざわざわしまくった。  目の前にいたお父さんは席を立って、背後にある家電で、誰かと話している最中。 『君たちが――』や『そうか……』など、ちょっと気になるような会話を、展開しているみたいだったけど、それよりも俺はタケシ先生が今、どこで何をしているのかが、気になって仕方なかった。 「どぉしよう……今頃タケシ先生を拉致して、何かで縛り上げた挙句、あんなことやこんなことを、ウヒヒとか言いながら、励んでいたりしたら」  タケシ先生が泣きボクロを涙で滲ませ、御堂ってヤツを睨んだりしたら、行為に余計、拍車がかかるって! 「うがーっ! もう俺ダメだ。狂ってしまいたい……何も想像したくないって」  送ったメッセージは既読にすらならなくて、そのまんまの状態――どうして見てくれないんだよ。 (もしかして、見られない状況に追い込まれているとか!?) 「王領寺くん、食事の用意が出来たから、隣の和室にどうぞ」  無言を貫くスマホの画面を、ため息をつきながら見つめたとき、台所にいたお母さんが声をかけてくれた。 「あ、はい。ありがとうございます……」  言いながら、スマホをテーブルの上に置く。  夕飯の最中に、チラチラと画面を見る気がした。そんな失礼なことをしそうだったから、あえて置いていくことにしたのだけれど。 「ううっ……後ろ髪を引かれるって、このことなんだな。辛すぎるよ、タケシ先生」  振る切るように立ち上がり、両手をぎゅっと握りしめ、身を翻すように隣の部屋に足を進める。暗い気持ちを引きずりながら、ふと顔を上げたら。 「うぁ……」  目に飛び込んできたのは、大きなお皿に盛られた美味しそうな刺身やら、熱々の揚げ物やその他いろんな物が、テーブルの上にところせましと並べられている状態。  おいおい、これを3人で食うのかよ――?  顔を引きつらせ、その場に立ち尽くした俺に、お母さんが背後から手をかけて、テーブルの真ん中に座らせてくれた。  目の前には、勿論お父さんの姿が……視線のやり場が正直なところ辛い。 「たくさん食べてね、王領寺くん」 「おい、ビール!」 「はいはい、ちょっと待っててくださいね」  俺との対応を反比例させながら、お母さんがビール瓶を持ってきた。 「あのっ、俺が注ぎますので!」  しなくていいであろう、右手を挙手しながら言うと、くすくす笑いながら、瓶を手渡してくれる。その様子を、相変わらず面白くなさそうな顔して、見つめるお父さんのコップに、慎重に注いでいった。  そしたら―― 「ほら、お前もコップを出せ」  俺の目の前にあった、オレンジジュースのペットボトルを手にして、お酌しようと用意するお父さんに、慌ててコップを差し出すしかない。勢いよく注がれていく様を、じっと見つめていたら。 「はい、乾杯」  唐突にカチンと勝手に乾杯され、美味しそうにビールを口にした。 「あ、乾杯、です……」  お父さんに合わせるように、コップに口を付け、ちびちび飲んでみる。その内お父さんの隣にお母さんがやって来て、俺が注ぐ前にコップにビールを自ら注いでしまった。 「王領寺くん、乾杯ね」 「は、はいっ! 乾杯ですっ」  慌ててお母さんのコップに自分のコップをぶつけて、しっかり乾杯したら、一口だけ呑んで、俺の顔をじっと見つめる。 「王領寺くん、どうやって武と知り合ったのかしら?」  ニコニコしながら質問された言葉に、固まるしかない。だって、俺からナンパしたって言えねぇよ……どうしよう!? 「えっとですね俺、病気で学校で倒れちゃって、大学病院に運ばれたんです。自然気胸って病気で……他にも甲状腺癌にかかってて、それがショックで病院を抜け出したんだ」 「甲状腺癌!?」  お父さんが驚きの表情を浮かべながら、呟くように口を開いた。頷きながら、続きを言ってみる。 「もう自分は、長く生きられないんだって思ったら、目の前が真っ暗になっちゃって。フラフラ歩いてるところに、タケシ先生に出逢って。そのときしていた、泣き出しそうな顔に思わず、一目惚れしちゃいました」  両手にコップを握りしめ、思い出しながら告げる自分の言葉に、照れてしまいそうになる。 「ハッ! 両目に癌が転移してて、可笑しく見えたんだろう」 「お父さんっ、何を失礼なことを言ってるんですか、もう!」  面白くなさそうな顔したお父さんに、語気を強めてお母さんが叱った。でもすごく仲よさそうに見える。 「えっとその後、いきなり自然気胸の発作が出ちゃって、タケシ先生の病院でお世話になることになったんです」 「随分とタイミングよく、発作が起こったものだな」 「ホント……偶然ってすごいっすよね、ハハハ」  こればっかりは、自分ではどうにもならないことだと思った。でも今なら、それも運命だったんじゃないかって、考えたりするんだ。普通ならあそこで出逢って、平手打ちされた挙句に見捨てられて、終了なんだから。 「俺、それまで何もかもいい加減に生きていて、適当に人付き合いしてたんだけど。自分に残された時間を考えてから、すっげぇ後悔しまくった……じゃなく、後悔したんです、はい」 「……君だけじゃなく、ほとんどの人間がそうだと思う。悔いの残らない生き方をしている方が、少ないんじゃないのかね」  寂しげに呟くと、ぐびぐびっと美味しそうにビールを流し込んだお父さん。隣にいるお母さんが、柔らかく微笑みながら口を開く。 「武の傍にいたら、大変だったでしょう? あのコ、誰かさんに似て結構、口やかましいから」  その言葉にお父さんは、無言でお母さんを睨むとか、かなり可愛いかもしれない。 「確かに口やかましいけど、注意されるようなことばかりしてた、俺も悪いし……でも嬉しかったんです。親は俺のことを、持て余してる感じで接していたし、学校の先生には見放されていたから。だからこそ真剣に叱ってくれるタケシ先生のことを、もっと好きになっちゃって」  未だに、笑ってる顔より怒ってる顔の方が多いけど、それでも一緒にいられて、すっげぇ幸せなんだ。 「俺のことを大事にしてくれる、タケシ先生に恩返しがしたくなったから、手術を受ける決意が出来たんです。離れてる間、ちょっとだけ寂しかったけど、自分にとってこのことは、人生の分岐点になりました」 「それは武も同じだろう。君と付き合うことになった時点でな」 「あのタケシ先生、自分が全部悪いって言ってたけど、この道に引きずり込んだのは、俺なんです。だから」 「だから自分が全部悪いんですって、言うつもりなのかしら王領寺くん」  言うはずだった言葉を奪われ、口をぱくぱくするしかない。  お母さんが放った一言で、場の空気がすっごく居心地の悪いものになった。もしかしたら俺が言っても、同じような状況になるのかもしれないな―― 「それは、えっと……」 「本当はね、先のことや世間体のことを考えたら、お付き合いを解消してほしいというのが、私たちの意見なの。王領寺くんだって、若くてこれからの人なんですもの」  お母さんに告げられた言葉が、ぐさぐさっと胸に突き刺さってしまった。やんわりと言ってくれたけど、それでも突き刺さったのはきっと、俺たちのことを思いやりをもって、考えてくれたから。  別れたくないんですと口にしたいのに、喉が干上がってしまって、それすらも出来ない。 「母さん、その話の続きは、明日に持ち越してやったほうがいい。武が戻ってくるって言ってたから」  固まったままの俺を不憫に思ったのだろう、お父さんが唐突に話を遮り、この話は一旦終わってしまった。 「おい、そのままでいるつもりはないだろうな? ここにある母さんの手料理、残さず食えよ」 「( ̄ェ ̄;) エッ?」 「え、じゃねぇよ。お前のために作ったんだ、育ち盛りだろ、しっかり食え!」  タケシ先生との交際を許してもらう前に、目の前にある大量のご馳走を完食しなければならなくて、必死こいて食べまくった俺。  頑張って全部食べたのだが、夜中に胃痛で目が覚めたとき、枕元に何か置いてあるのに気がついて。 「……何だ、これ?」  メモ用紙と一緒に、薬らしきものが置かれていたのだ。 『よく頑張って食ったな。これでも飲んで、明日のご飯に備えておけ』  達筆すぎるタケシ先生にとてもよく似た文字と、書かれているあたたかい内容に、涙が滲んでしまいそう。 「ううっ、お父さん大好き……」  でも胃痛が起こる予測をしていたなら、もっと早いトコ手渡しでほしかったと、ワガママは言えないか――

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