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第18話
もう二度と会うことがない人だと思っていた。
***
『やほー、ちーくん。久しぶり。元気してた?』
その声が、電話がかかってきたのは一年が最後の日。
大晦日で、しかもあと1分で新年というときだった。
「……はい。元気です」
『いまは家?』
「はい」
正月俺は実家に戻ってきていた。
戸惑いながら答えると、
『あ、あと20秒』
という言葉が返ってくる。
自然とテレビに目を向けるとカウントダウンは15秒を切ったところだった。
リビングには俺以外の家族もいて、電話をしている俺のことは気にしていない様子で新年に向けて少しテンションがあがっているようだ。
『あと10秒―――』
智紀さんもテレビを見ているんだろうか。
テレビの中の芸能人がカウントダウンをしていて、それとぴったり智紀さんの声も重なる。
『4、3、2、1―――』
あっという間にその瞬間はきた。
『あけましておめでとう、千裕』
テレビの中でも、リビングでも"おめでとう"と皆が言いあっていて、だけど俺の意識は電話の向こう側に引っ張られる。
「……あけましておめでとうございます」
新しい年、俺がそう言う相手は普通に家族にだと思っていた。
それがまさか電話でとはいえ智紀さんとまず最初に新年のあいさつを交わすなんて思ってもみなかった。
『そうそう、ちーくん。お正月はどう過ごすの? 友達と遊んだり?』
戸惑っているあいだにも智紀さんは話しかけてくる。
「……いえ。とくに予定はありません。寝正月ってやつです」
鈴の家に居候してる俺は年末年始は実家に戻ってきてた。
だけど何の予定もない。
なんとなくだらだらと過ごしたい気分だったんだ。
『じゃあさ、俺と初詣いかない?』
「……え?」
唐突に"あの日"、『またね』と電話越しに言われた言葉が甦る。
二週間前―――の、あの夜。
初めて行ったバーで出会ったばかりの智紀さんと一夜を共にした。
『千裕。またね』
別れ際、確かにそう言って―――だけど、もう会うことはないだろうと思っていた。
そのあとメールが来たことはある。
でもそれも二回くらいで、仕事が忙しいというような内容と他愛もない雑談だけだった。
別に誘われることもなくて俺は当たり障りのない返事をした。
きっとメールはそのうちこなくなって、会うこともないまま"あの夜"のことも忘れていくんだろう、そう思ってた。
あのときホームで電話越しに呼ばれた俺の名前が耳に焼きついてたけど―――数日で消えてしまったし。
新しい年になればもともとない接点は消えてなくなって、"あの夜"のことは夢じゃなかったのかといつか思うんだろうと……。
『ちーくん?』
どうしてかひどく動揺している自分に気づく。
どうしたの、と問いかける声に我に返って、
「なんでもないです……」
それだけを言った。
『そう? それで、どう? 一緒に初詣行ってくれる?』
「……」
俺と? 何故?
聞きそうになる。
"あの夜"から二週間の間にはクリスマスもあった。
智紀さんならきっと素敵な女性と過ごしたはずだ。
そういう女性と初詣も行けばいいんじゃないのか?
『ね、一緒に行こうよ。だめ?』
「……」
『ちーひーろ。家の住所教えて。いまから迎えに行くから』
俺の反応がないことに痺れをきらしたのか、だけどとくに声に変化はなく催促してきた。
「……いや別に迎えにきてもらわなくても出ていきま―――……え。いまから!?」
『そうそう。もう元旦だしね』
「え、でも」
『特に予定ないんだよね? それともちーくんは夜更かしできないタイプ?』
「……別にそういうんじゃないですけど」
『じゃー俺に付き合ってよ。ね、ちーくん』
「……」
予定もないし、子供じゃあるまいし早寝しなきゃいけないわけでもない。
なにをこんなに躊躇ってるんだろう。
"あの夜"のことなんて気にせずに、頷けばいい。
ただ初詣に行くだけ、なんだから。
「……初詣ですよね」
『そうだよ。俺、おみくじって大吉しか引いたことないんだよね』
「……そうですか」
『俺と一緒に行ってくれる?』
「……はい」
深く考えることなんてない。
きっとこの電話は気まぐれなもので、大した意味なんてないんだ。
逆にこうして渋ってる俺のほうがおかしい。
初詣に行って、適当に喋って、そして別れれば終わりだ。
『よかった。断れるかと思ったよ』
含み笑いで言われ、少し気まずく思う。
そして住所を教えてくれと言われ、最寄駅を教えた。
近くに来たら連絡すると電話は切れて――。
俺はとりあえず自室に戻って着替えることにした。
まさか新年早々、あの人に会うなんて。
「……初詣に行くだけだし」
俺は男が好きなわけじゃない。
"あの夜"はあんなことになったけど、あのときが異質だっただけだ。
「……なにもない」
"今夜"はなにもあるはずがない。
そうだとしても、気が重く準備をするのが億劫でしかたなかった。
―――――――
―――――
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