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第19話
智紀さんと合流したのは1時半に差し掛かったころだった。
さすがに深夜は冷え込みが厳しくてダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで駅のロータリーへと走る。
停まっている車は一台しかいなかった。
そもそも元旦、初詣にいく人もいるとはいっても人通りはほとんどもうない。
しんとしたロータリーに停まる黒の4WD。
イメージ的にスポーツカーにでも乗ってそうな気がしたけど違うらしい。
俺が近づいていくと運転席のウィンドウが開いて智紀さんが顔を出した。
あの夜と変わらない爽やかな笑顔で「寒いから早くおいでー」と手を振ってくる。
頷いて駆け寄り、助手席へと乗り込んだ。
車内はよく暖房が効いていて、かなり座り心地のいいシートに背中を預けて温かさに冷えていた頬がほっと緩む。
「久しぶり。あけましておめでとう」
もちろん視界には入っていたけど、改めて智紀さんを見た。
「……お久しぶりです。あけましておめでとうございます」
緊張していないと言えば嘘になる。
それに今夜の智紀さんはこの前と同じ笑顔だけど少し雰囲気が違う。
それがなにかと考えて私服ってことかって気づいた。
落ちついた色合いのブラックと青のチェックのショートダッフルにデニム。
髪は毛先を遊ばせるように跳ねさせていて、全体的に若く見える。
出会ったときは高そうな上質なコートにスーツで大人な雰囲気だったけれど、今日はぐっと身近に感じるというか少しくらい年上にしか見えなかった。
「どうかした?」
ホテルに入ったあとは色気がすごくて―――とか、いらないことまで考えてしまっていたら不思議そうに笑いながら智紀さんが顔を近付けてくる。
思わず身を引いて首を振った。
「あ、いえ……。今日は若いなと思って」
「若い? ああ、格好が?」
「はい」
「そう? っていうか、俺そんなオッサンじゃないつもりだけど、って大学生のちーくんにとってはオッサンか」
苦笑する智紀さんに慌ててしまう。
「いや、そういう意味じゃなくって」
「なくて?」
「この前がすごく大人な雰囲気だったから」
「この前がオッサンで今日が若いってことでしょ?」
「いや、そうじゃなくって」
違うんです、と必死でフォローしようとした。
だけど智紀さんの目が笑いを含んでいるのに気づいて口を閉じる。
「あれ? 終わり?」
からかう声にムッとしかけて、
「はい」
とだけ返した。
この人と話しているとペースを崩される。
子供のように拗ねてしまいそうになった自分に内心呆れた。
そうしてそんなところを見せたくないと思ってしまう自分にも呆れるし、戸惑う。
別に普通にしてればいいはずなのに、なにを俺は取り繕おうとしてるんだろう。
「そうなんだ。残念。もっとフォローしてほしかったな」
「……」
「―――ちーくん」
背けていた視線を、ちらり戻せば智紀さんが俺の方へと身を乗り出してくるところだった。
距離が狭まってほのかに甘い香水の香りが鼻孔をくすぐる。
手が俺のほうへと伸びてきて心臓が急激に速く動き出す。
身動ぎすることもできない。
視線をあわせたまま、智紀さんは俺を見つめたまま―――
「とりあえず出発しようか」
と、シートベルトを締めてくれた。
「……」
伸ばされた手は俺を素通りしてシートベルトを掴んで、そしてセットして、それだけ。
触れられるんじゃないか、なんて自意識過剰にもほどがある。
いや、でも絶対さっき触ろうと―――……、と智紀さんを伺うように見ればばっちりと目が合った。
「なに?」
「……いえ、なんでも」
「そう?」
笑いながら智紀さんは車を発進させた。
俺は自然に前を向いて、それから視線を横のウィンドウへと向けた。
外は暗い。
だからこそカーオーディオのライトで少しの明るさがある車内がウィンドウに映っている。
俺も、その隣にいる智紀さんも。
楽しそうな横顔を窓越しに眺めながら、俺はやっぱり来なければよかったかもしれない、と早々に思いはじめていた。
だけどもう車は走り出している。
早く初詣を終えて帰ろう、とそっと胸の内でため息をついた。
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