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第20話

「……あの。神社の場所、わかりますか」 とっとと初詣を終わらせたくて自分から切り出す。 わざわざ迎えにきてもらって近所の小さい神社でいいんだろうかと申し訳なくも思うが、誘ってきたのは智紀さんだし……いいよな? 「んー? わかるよー。候補はふたつかなー」 「……候補?」 車の中には小さめで洋楽がかかっていた。 それに耳を傾けたいが、智紀さんの言葉にひっかかる。 「候補って……どこに行くんですか?」 新年になってすぐの初詣は大晦日からしか行ったことがない。 神社に着くのが2時を過ぎてもいいんだろうか。 まぁ別にお参りだけはできるんだろうけど……。 「ちーくん、正月暇なんだよね」 「……はい……?」 俺が先に質問したけど質問で返され、少し不安に思いながらも嘘はつけないから頷く。 なんとなく正月は予定を入れる気になれず大学が休みの4日まではのんびり過ごすつもりだった。 「俺さ、1月3日が誕生日なんだよね」 「……おめでとうございます」 明後日なんだ。 新年三日が誕生日ってめでたいけど正月とごっちゃにされそうだな。 「まだ今日誕生日じゃないから、当日言ってほしいな、おめでとうは」 「……」 それは俺に電話でもしてこいってことなのか? 戸惑って返事を返せないでいると前を向いたままの智紀さんが小さく笑う。 「ね、誕生日プレゼントくれる?」 「……高いものでなければ」 素直にあげますよ、と言えないのは、大学生の俺が智紀さんに喜んでもらえるようなプレゼントを用意できそうもない。 というのと―――あげてもいいけど、言われるままに流されていたらこの人との縁が切れそうになくて少し不安だっていうのがある。 ……別に智紀さんのことが嫌いなわけじゃない。 でも傍にいると、落ちつかない。 「高くないよ。くれる?」 「……なんですか?」 「用心深いなー」 「……」 「初詣にちょっと遠出したいんだけどそれに付き合って欲しいなーっていうだけだよ」 「遠出?」 「そう」 「どこへ行くんですか?」 「京都」 「……は!?」 あっさり告げられて呆気にとられた。 京都って……。 「車で、ですか?」 「そうだよー、高速で6時間もかからないよ」 「……いや、ちょっと遠出どころじゃないと思うんですけど」 「初詣と、あとたぶんちょうどよく初日の出セット、みたいな? あー初日の出見てから初詣でいいか」 「……あの、俺行くとは言ってないですけど」 「高いものでなければくれる、って言わなかったっけ?」 「……タダより高いものはないっていいますけど」 とっさにそう返したら智紀さんは吹き出して、しばらくの間笑っていた。 運転大丈夫かなというくらいに笑っている智紀さんを横目に見ながら、どんどん俺の家が遠のいていくことに不安が増す。 「……あの」 「ちーくん」 俺が言いかけ、智紀さんも俺を呼び、車は停まった。 見れば赤信号だった。 「俺、ちーくんと初日の出と初詣行きたい。ダメ?」 ハンドルにもたれかかり俺を見つめるこの人は俺より7歳上の大人で。 なのに、甘えるようにそんなことを言ってくる。 なのに、その目は逸らしたくなるくらいの艶を纏っている。 「……京都はちょっと……。帰り遅くなるし」 バカみたいな返答だ。 22にもなる男の言うことじゃない。 「家族にも言ってないので」 だけどそれくらいしか言い訳が見つからない。 「ご家族には朝にでも電話して言えばいいんじゃない? 大学四年生のちーくんが友達とでかけてーって言えば平気でしょ。ちーくん男の子だし」 「……」 確かにそうだ。 男の俺が急に出掛けたって、泊りになったって別に家族はさほど気にしないだろう。 「……」 「そんなに俺と行くのいや?」 「……そんなことは……」 目を合わせれずに視線を逸らす。 「じゃあ、行こうよ。京都でお正月ってなんか雰囲気ある感じしない?」 「……なんですかそれ」 「どうしても嫌なら、助手席のドア開けな?」 「は?」 「いまなら帰してあげる」 「……」 「開けたからってここで降りろなんて言わないし、心配しなくても家まで送ってあげるよ」 「……」 「だから決めなよ。信号が青になるまでのあいだに、ね」 横断歩道の信号はまだ青。 だけどそろそろ点滅するだろう。 智紀さんの言葉を反芻するうちに信号は点滅を始める。 「どうする? 千裕」 「……」 どうする――……って。 返事ができない俺に、智紀さんは目を細めて前を向いた。 「金閣寺とかよさそうじゃない?」 智紀さんの声と車が動き出す微音が重なる。 俺はまた返事ができなかった。 「せっかくの新年なんだし、初詣楽しもうよ」 「……京都は遠すぎだと思いますけど」 ようやく言えたのはそんなこと。 「たまにはハメ外すのもいんじゃない?」 笑う智紀さんに俺も曖昧に笑い、自分の手を見下ろした。 俺は―――……助手席のドアに手をかけることもしなかった。 俺は―――別にこの人の隣にいるのが嫌なわけじゃない。 ただ、やっぱり、落ちつかないだけ、だ。 ―――――― ―――― ―――

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