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第21話

車が高速道路に乗って、改めて本当に行くんだと内心ため息が漏れた。 年が開けたばかりの上に二時も過ぎた高速道路は静かだ。 高速特有の走行音が車内に響くなかに流れる洋楽に耳を傾けながら、道路を照らす等間隔に並ぶ電灯のひかりが流れていくのを眺めていた。 「また一年あっという間なんだろうなぁ」 だからと言って俺と智紀さんの間に会話がないわけじゃない。 会話は不自然に途切れることもなく、苦痛に思うこともないペースで続いてる。 遠出に気が重かったはずの俺が結局笑いながら相槌を打ってしまったりしていた。 智紀さんはやっぱり話術に長けているんだろう。 「俺にとっては今年は長そうです」 視線を前に向け、フロントガラスに映りこんでいる智紀さんを見た。 ふ、とガラス越しに目が合ったような気がする。 「ああ、4月から就職だもんね。楽しみだね」 「そうですね」 もうあと少しすれば大学を卒業して、社会人になる。 就職先も決まっているし志望していた業種だけに楽しみはもちろんあるけれど、それ以上に不安や緊張もある。 春、俺はどんな生活をしてるんだろう。 きっとあっという間にくる新生活に思考を巡らせていたら、笑いを含んだ智紀さんの声が響き、 「ちーくんのスーツ姿楽しみだな。俺にもお祝いさせてね」 奢るよ、とちらり俺を見て目を細めた。 「……ありがとうございます」 一瞬間があいてしまったのは、なんて答えればいいのかわからなかったからだ。 社交辞令だと笑って頷けばいいだけのはず。 なのに、脳裏に浮かんだのは、 "4月もこうして俺と智紀さんが一緒にいることはあるんだろうか"とか、 "きっと春には智紀さんも俺なんか相手にしなくなってるはず"だとか、 よくわからない考えがいくつか沸き上がって絡まったからだ。 智紀さんにとっては深い意味なんてない言葉なんだろうから、真面目に受け取る必要はないだろう。 そう、社交辞令なんだから。 ―――……いや、そうじゃなくて。 気付かれないようにため息をそっと静かに吐き出した。 何を俺は本当に些細な言葉を深く考えてしまってるんだろう。 社交辞令だろうとかそういうことまで考える必要なんてないはずだ。 逆の立場だったら俺もそう言ってたかもしれない。 話の流れの一環で、4月俺と智紀さんの交流が続いてるかどうかなんてことを―――いま考える必要なんてない。 ない、はず。 「ちーくん」 「はい」 「どうしたの、就職が不安?」 「え?」 「眉間にしわ寄ってるよ」 ハンドルから外れた片手が俺に伸びて眉間に触れてきた。 冷たくもなく温かすぎてもいない体温。 ぐりぐり、と押してくるその指を掴む。 「なんでもないです。……あの、危ないからちゃんと前見て運転してください」 「はいはい」 おかしそうに笑う智紀さんの指から手を離した。 だけど離れる瞬間にまた掴まれて、指が絡まる。 思わず顔を見たら目が合って、やっぱり笑われた。 「片手ハンドルは危ないですよ」 「だいじょーぶ」 「でも」 「ちょっとだけ、ね? ちーくんチャージさせてよ」 屈託ない言葉に、なんですかそれ、と視線を窓の外に向ける。 忍び笑う声を聞きながら、もう何度目かのため息をまたそっと吐き出す。 今日会うので二度目。 一度目は―――あんなことになったけど、だけど、俺たちの関係はそれだけだ。 顔見知りと呼べばいいのか、知人なのか、なんなのかわからない。 だけどこうして恋人のように指を絡めて手を繋ぐようなこと、する必要はないはず。 俺はそれをほどいてもいいはず。 なのに―――手の甲をときおり滑る指に困惑しながらも―――その手を離すことはできなかった。 ***

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