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第26話

「ちーくん、さすがの俺もちょっと休憩したいんだけどいい?」 「はい、もちろんですよ。運転かわりましょうか?」 「それは大丈夫だよ。宿を京都に取ってるんだ。いい?」 「え?」 「知り合いの旅館で融通効くんだ、いろいろ。朝だけどチェックインさせてもらって、ひと眠りしてから初詣と京都観光しようか?」 「……」 「そうだ、家に連絡入れておく?」 「あ……メールしておきます」 初日の出を見終わって、車の中での会話。 宿、という単語に一瞬固まった。 だけどここまで来てUターンなんてあるはずもないだろうし、せっかくだから観光だって俺もしたいし。 智紀さんは徹夜で運転し続けで疲れてる。 宿だって寝るためなんだから当然で、別に、なにもない。 そうだよ、智紀さんはずっと運転して疲れてるんだから。 同じことばかり何回も考えて、否定してって―――俺、自意識過剰なのか? ずっと乗っていた高速道路を降りればそこは目的地の京都で、智紀さんはカーナビを見ることもなく住み慣れた街のように運転していた。 「はい、とうちゃーく」 着いたのは俺なんか泊ったことない老舗っぽい旅館。 車を停め俺を案内してくれる智紀さんは、挙動不審にきょろきょろしてる俺と違って落ち付いてる。 全然場所に浮いてないし……。 「ちーくん。おいで」 逆に場違いな気がしてのろのろと歩いていた俺の手が躊躇いなく引っ張られた。 そして旅館に入ると本当に智紀さんの知り合いらしく女将さん自らが部屋に案内してくれて―――。 「……広」 予想以上に広かった。 趣を感じさせる二間続きの部屋。奥は庭に面していてる。 片方の間にはすでに布団が敷かれていてバカみたいにドキリとしてしまう。 でも、当然ちゃんと布団の間は離されてるし。 もう一体何回思ったかわかんないけど、徹夜明けで疲れてるんだから、だから。 「檜風呂もあるんだよ」 ほら、と性懲りもなくモヤモヤ考えていたら智紀さんに奥へと連れていかれる。 庭を見れるように作られた檜造りの展望風呂があって、俺はポカンとしてしまっていた。 「一緒に入る?」 俺の顔を覗き込んで智紀さんが笑う。 即座に俺は首を振って、また一層笑われた。 そのあと少しして朝食が運ばれてきた。 徹夜明けだからとシンプルな料理をお願いしていたらしくて、確かに俺もがっつり食べる気分ではなかったからちょうどいい量の上品な朝食を味わった。 食べ終わった頃にはもう10時に手のかかりそうな時間。 「俺、風呂入ってくるから。ちーくん、どうする?」 「……俺はいいです」 昨日入ったし、っていい訳のように言い添える。 特に智紀さんはそれ以上誘ってくることはせずに俺の頭を軽く撫でるように叩くと、 「先に布団入ってていいよ」 とだけ言って風呂に入りに行ってしまった。 シンとした部屋にひとりになって、落ち付かずにテレビをつけてみた。 新春特番があっててそれを見るともなしに眺める。 新春初笑って漫才がずっとあってたけど、全然頭に入ってこなかった。 先に寝てればいいのに、妙に頭が冴えてて寝れそうにない。 その場から動くこともできなくてどうしようかと思っている間に時間はたっていたらしく、風呂に続くドアが開いた。 振り向いて、固まった。 「あれ、ちーくんまだ着替えてないの?」 首を傾げる智紀さんは浴衣を着ていた。 風呂上がりだからか微かに頬が上気して、ぬれた髪からはあんまり拭いてないのか水滴が落ちていた。 旅館の浴衣なんてきっと俺が着たらだらしなくなりそうなのに、智紀さんは浴衣姿も様になってる。 その浴衣がほんの少し着崩してるのか襟元が緩んでいた。 引きしまった胸元がちらり覗き髪から落ちる水滴の流れた跡が残っている。 「……」 返事もできずにとっさに視線を逸らした。 急激に心臓が速く脈打ってる。 智紀さんは「いいお湯だったよ」って言いながら俺のほうには来なくてそのまま布団が敷いてある部屋へと行く。 「ちーくん」 「……はい」 ゆっくり振り向いてまた固まりかけた。 足を投げ出して後手をついて座ってる智紀さんが微笑を浮かべ俺を見てる。 心臓の音が、うるさい。 俺はバカなんじゃないのか。 なんで、なんで。 「ビール取ってくれる?」 「……はい」 部屋備え付けのミニ冷蔵庫に取りに行く。 部屋の中は寒くはない。もちろん暑くもない。 適温のはずなのになんでか暑く感じて、手にしたビールがいやに冷えて感じた。 隣の部屋に行くのを躊躇う。 ただ渡すだけなのにバカじゃないのか、俺は。 ゆっくり行ってさっきの体勢のままの智紀さんにビールを差し出した。 「ありがと」 「いえ……」 プルタブを引き、一気にあおる。 ごくごくと飲む音が聞こえるくらいで、喉仏が動いていて、妙に、なんか――。 「飲む?」 「……いいです」 「そう?」 頷く俺に小さく笑い智紀さんは缶ビールを傾け、あっという間に全部を飲んでしまった。 空になった缶を畳の上に置いて、意味なく立ったままの俺を見上げて首を傾げる。 「その格好で寝るの、ちーくん」 「……まさか」 「だよね。おいで」 手招きされる。 俺は一歩だけ進んで、智紀さんと同じ布団の上に膝をついた。 「なんで……すか?」 「俺が着替えさせてあげる」 「……いいです」 「いいから、ほら」 伸びてくる手。 「子供じゃないし、俺」 洋服に手がかかる。 「そうだねー、立派な男だよね?」 クスクス笑いながらも上を脱がされた。 「……そうですよ」 空気に肌がさらされると心許なく感じた。 今度はズボンに手が伸びてくる。 今度はその手を掴んだ。 「……自分で脱げます」 「そう? じゃあ着替えなよ」 「……あとで」 「あとで? 上もう脱いでるのに」 可笑しそうに目を細める智紀さんを直視できない。 なにやってんだ、俺。 「まだ寝ないの? ちーくん」 「……もう少ししたら寝ます」 「ふーん」 「智紀さんは?」 「俺? じゃあ俺ももう少ししたら寝ようかな」 「……」 暑い。 外は明るい。きっと今日も寒いだろう。 でも室内は俺には暑くて、いや、熱くて。 「ちーひろ」 手が伸びてくるのが見えた。 「寝るまでのもう少し―――」 腕に触れ、引っ張られる。 視界が揺れて、 「なに、する?」 肌蹴た胸元、濡れた髪。 女なら色っぽさを感じてもしょうがない気がする。 だけど、俺がいま馬乗りにさせられてる、見下ろす相手は男で。 「セックスでも、する?」 男、なのに。 なんでこんなに煽られて―――欲情してしまってるんだろう。 首に腕が回る。 目を細める様は妖艶。 するわけがない、って拒否しなきゃならないはずなのに。 ぐっと力を込められて、距離が―――ゼロになる。

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