50 / 64

第50話

「腹一杯~」 ふう、と最後のコーヒーを飲みながら智紀さんが満足気にため息ついた。 俺もかなりお腹いっぱいで内心同意しながらコーヒーを飲んだ。 夕食にと来たのは確かに智紀さんの会社からわりと近いイタリアンのお店だった。 リーズナブルだけど、どれもすごく美味しかった。 結構いろいろ頼んだけどとくにピザ美味しかったな。 「俺この店のピザ好きなんだよね」 思っていたことと被る発言に、一瞬微妙な気持ちになる。 微妙というか、なんていうか。 「確かに美味しかったですね」 「だろ?」 変に身構える必要ないんだから、とそっと返事する。 「今度中華行こ」 屈託なく笑かけてくる智紀さんに自然と俺も笑顔で頷く。 明日も仕事だけど、うまいもの食べながらいろんな話してリフレッシュできた気がする。 智紀さんは聞き上手でもあるから、気づけば俺も結構喋ってたりするし。 「あーでも次会えるのって連休明けかぁ」 飛び石のゴールデンウィークの休み。 俺はカレンダー通りの出勤だけど、智紀さんは仕事が入っているらしい。 「大変ですね、ゴールデンウィークまで仕事って」 「んー。まぁ仕事と言っても半分遊びみたいなものなんだけどね。取引先のインド人が来日しててさー接待しろってうるさくってね。まぁ顧客になってくれそうな人紹介してくれるらしいからいいんだけど」 でもやっぱりちーくんと旅行行きたかったなぁ、なんてぼやいてくる。 「どうせなら海外出張だったらちーくんも同行させたのに」 「いやいや、なんで俺が」 「俺の枕代り!」 「……意味分からないですよ」 「ちーくんの腕に包まれて眠りたいって話」 「いや、そんなことしたことないですから」 「じゃあ今度してもらおう」 「……」 本気でしそうだな。 コーヒーを飲んでため息をついて、智紀さんの妄想なのか願望なのかよくわからない話が始まったからそれを適当に聞き流した。 それからしばらくして店を出ることになった。 財布を出すけど当然のように智紀さんが支払いを済ませてしまう。 年上だし当然と智紀さんは笑うけど俺ももう社会人だし。 「次は俺が払いますから」 店を出ると昼とは違う涼しい風にやっぱり少し寒いなって思いながら智紀さんに宣言した。 連休明ければ初任給もでる。 そのときはって意気込めば、智紀さんは素直に笑って頷いてくれた。 「うん。楽しみにしてるよ。そのときは泊まりでさっきのもしてもらおうかな」 「食事だけでいいです」 「つめたいなー、ちーくん」 平日に会うときは食事だけで終わることが多い。 別に会うたびにヤッてるわけでもないし、今日もこれで解散だろう。 「智紀さんには厳しいんです」 「なにそれ。甘やかしてよ」 「甘やかしたら調子に乗るでしょ」 「そりゃ乗るよ」 「だから」 「はいはーい。じゃあ泊まりはそのときの状況次第でいいよ。泊まるどころの話じゃなくなるかもしれないしね」 駅へと向かいながら肩を並べ言い合って。 さらりと言われた言葉に俺は「なにかあるんですか?」と訊き返した。 きっと来週末会うことになるんだろうけど、この人が泊まらないで帰るなんてあるんだろうかっていう純粋な疑問だった。 智紀さんを見て、智紀さんも俺を見る。 「うん? そろそろお返事聞かせてもらおうかなって思ってさ」 「……返事?」 なんの、って俺が言うと智紀さんが立ち止まって大きく吹きだした。 笑いだす智紀さんに戸惑っていると、笑いをしずめた智紀さんが俺と向き合い目を細めた。 「俺、千裕に告白したんだけど。覚えてない?」 「……」 一瞬頭の中が真っ白になる。ワンテンポ遅れて「覚えてます」と小さく返事した。 覚えてはいる。 だけど、でも、だって。 「一カ月待ったしそろそろいいだろ。ね、ちーくん」 「……はぁ」 「あと一週間ちょっと考えてよ。来週金曜に会おう。中華食べに行こう」 ちーくんに奢ってもらうから。 そう笑う智紀さんに俺はどういう顔をすればいいのか、いまどんな表情をしているのかわからない。 一気についさっき食べた料理のことも、仕事のこともなにもかもすっぽりと抜けてしまうくらい俺はパニックになっていた。 告白されたのは事実で、その返事をするのも当然のことなのに。 「中華楽しみだなー。北京ダック食いたい」 動揺する俺とは違いいつもとからない飄々とした様子で智紀さんは歩き出す。 俺はその一歩後をそろそろとついていきながら、智紀さんが投げかけてくる言葉に生返事をすることしかできないのだった。 ***

ともだちにシェアしよう!