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―― 身体と愛と涙味の……(16)
「俺はな、お前や兄貴みたいに、いい加減な奴が大嫌いなんだよ」
俺を睨み付けながら、言葉を吐き捨てる様子に、俺の事が本当に嫌いなんだなって判る。
―― 今まで他人に、こんなに嫌われた事があっただろうか……。
そう思うと、怒りよりも悲しい気持ちが押し寄せてきて、俯くしかなくない。
「おいおい、俺もかよー」
俺とひと括りに、『いい加減な奴』と、言われてしまったみっきーが、ふざけて肩を竦めて外人みたいなポーズをしている。
「兄貴だって、いつも本気にならないじゃないか。 特定の恋人も作らないし、仕事だって、うちの会社の事だって、いつだって、何に対しても、いい加減じゃないか」
―― え、みっきーって、弟の桜川先輩に、そんな風に思われてるのか……。
だけど言われた本人は、大袈裟な溜め息を吐きながらソファーに近付いてきて、隣に座ると、何を思ったか俺の肩を抱き寄せる。
「ちょっ、何すんッ……」
チュッチュッと音を立てて、俺の頬に何度も唇を押し付けてくる。 驚いて、抱き寄せられた身体を離そうとするけど、力強い腕で引き寄せられて身動きが取れない。
いくら何でも桜川先輩の目の前で、いきなり何するんだよ! って目で訴えてみるけど、みっきーは涼しげな顔をして、俺の訴えなんかスルーだ。
「勇樹は、何か誤解してるみたいだけど……、俺、直の事は本気だから」
―― えっ?
突然、桜川先輩の目の前で言われた言葉に固まってしまって、俺は、隣のみっきーの顔を、ただまじまじと見つめた。
――な、何言ってるんだ、この人っ!
「は? 昨日会ったばかりで、本気も何もないだろ?」
呆れ顔で言う桜川先輩に、俺も心の中で何度も頷いて同意した。
「愛に時間なんて、関係ないだろ?」
そう言って、固まっている俺に目を合わせてくるから、肩を抱き寄せられて見詰め合っている状態だ。
「昨日、バーで直を見た時、ひと目惚れしたんだよ。仕方ないだろ?」
俺と見つめ合ったまま、首を傾げて、「な?」と言われても!
「またそんな適当な事言って。 今まで散々いい加減な事しておいて、いきなり本気だとか言っても信じるわけないだろ?」
溜め息交じりの桜川先輩。
「今までは、本気になれる相手に巡り会えなかっただけだよ。 直もそうだろ? 今まで本気になれる相手を色々と探していたんだよな?」
―― 本気になれる相手……。
みっきーに言われて、心の中で、あ…… と、思った。
今まで本気で人を愛した事って無いんじゃないかって、自分でもちょっと思ってたから。
「勇樹だって、本気じゃないのに、ゆりちゃんと付き合ってたよな?」
「えっ?」
桜川先輩がゆり先輩の事は遊びだった?
驚いて見上げると、先輩は動揺を隠すように、さっと視線を逸らして言葉を詰まらせた。
「な、何言ってるんだ…… 俺は別に…… ゆりの事は遊びとかじゃないしっ…… 兄貴と一緒にすんなよ」
漸く発した声は最後の方は聞き取れない程、小さくなっていく。 言ってる内容とは裏腹に、なんだかとても自信がなさそうに思えた。
「…… ただ、ゆりの方が俺に本気なわけじゃなかった……って、それだけの……」
「自分が本気で相手の事を想わなけりゃ、相手も本気になってくれるはずないじゃないか」
桜川先輩が言い終わらないうちに、みっきーが被せた声は、厳しいけれど、宥めているようにも聞こえる。 弟を思う優しい兄の顔で……。
一呼吸置くように、取り出した煙草に火を点けて、ふーっと細く長く紫煙を吐き出して、みっきーは言葉を続けた。
「まあ、だからな、俺はこれから直に、俺の本気を見せていくつもりだから、お前はもう直に変な事するなよ。 分かったか?」
―― え? ええ? 俺?
途中まで、いい話だったんだけどな……?
もう、みっきーの言葉にどう反応していいのか判らず、固まりっぱなしの俺は、ただ二人の会話を大人しく訊いているだけ。
「…… ちっ、結局それが言いたかっただけかよ」
「そうだ、だからお前もう帰れ。 邪魔だからな」
みっきーに言われて、桜川先輩は、何も言わずに俺を睨みつけて、フンっと、音に出すような勢いで踵を返して、部屋を出て行ってしまった。
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