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—— 想う心と○○な味の……(12)
「桜川先輩…… ?」
ずんずんと、一直線に俺を目指して歩いてくる。 眼鏡の奥の眼が怖いんですけど…… !
「あ、あの?」
「ちょっと話がある」
そう言うと、桜川先輩は俺の手首を掴んで、すぐ傍にある路地へ入っていく。
桜川先輩とは、みっきーの部屋で会ってからも、みっきーの店や学食とかでも時々顔は合わせていたけど、何か言われたりされたりって事は無かった。 でも、新年会の時の事もあって、やっぱり苦手なのは変わりない。
それは桜川先輩にしても同じだと思うのに、いったい何の用があって、人目を避けた場所に連れて行かれなければならないのか。
新年会でのあの屈辱が頭を過ぎって、今すぐに掴まれた手を振り払って、逃げ出したい衝動に駆られる。
通りからはかなり離れた路地裏で、建物の壁を背に立たされて、やっと掴まれた手を放してもらえた。
「あ、あの、何ですか?話って」
心の中は、早く透さんのマンションへ行きたいという、焦る気持ちで満ちている。 どんな事を言われるのか不安だけど、早く用件を聞いて終わらせたい。
「そんなに慌てて、何か用でもあるわけ?」
「はい。 だからちょっと急いでて……。 俺に何か用があるなら……」
早く言って下さいと、言いかけたところで、肩を押されて後ろの壁に背中がぶつかる。
「…… ッ」
そんなに強い力じゃないけど、予測していなかった背中への衝撃に思わず小さく呻いた。
「な、なんですかっ?」
俺の顔を挟むように、壁に両手をついて、ジロジロと顔を見られて、いい気なんてしない。
「…… お前、兄貴と付き合ってんの?」
—— ああ……、
また、俺がいいかげんな気持ちで、みっきーと身体の関係をもっていると思っているんだな。
あの新年会の夜、みっきーと身体を繋げて以来、突然軽くキスをされたりとか、抱きしめられたりとかはあったけど、桜川先輩が考えているような事はしていない。 みっきーは、俺がその気になるのを待っていると言っていたから。
でも運が悪いのか、さっきのスタッフルームで見られた場面は、どう考えてもそう言う行為をしようとしていたと、誤解されても仕方がない。
しかも場所が仕事場である店の中って言うのも、桜川先輩の怒りを買うには十分すぎる要因だよね。
「俺、みっ…… お兄さんとは付き合ってないです」
言いながら、恐る恐る桜川先輩の顔を見上げると、眼鏡の奥の冷たい瞳が俺を見据えていた。
「恋人でもないのに、あんな事するわけ?」
—— ああ、やっぱり…… さっきの場面だけ見たらそうなるよな。
「あ、あの、本当にさっきのは、その…… ふざけていただけで。 お兄さんには…… その…… 色々相談に乗って貰ったりしていて……」
みっきーとの関係を一言で説明するのは、結構難しい。 身体の関係はあれ以来無いけど、でもあったのは事実なわけで……。
「こないだ、兄貴のマンションで、体中にキスマーク付けていたよな? それで兄貴はお前の事を本気で好きだと言っていた」
「あ……」
確かにそうなんだけど……。
「あの時は、その…… 確かに。 でも、あれからは何も無いんです、本当に」
しどろもどろの俺を、相変わらず鋭い視線が突き刺していて、萎縮してしまう。
「俺、今までお兄さんに…… 甘え過ぎていました」
そう……、いつも傍にいてくれて、何かと元気付けてくれたり心配してくれるみっきーに甘えていた。 みっきーの気持ちも考えずに。
「だから……」
—— これ以上甘えられない。
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