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—— 君の初めては全部……(9)
目隠ししていたネクタイは、俺の涙でグチョグチョに濡れている。
「どうしたの? どこか痛かったりした?」
背中を宥めるように何度も摩りながら、優しい声で訊いてくれる透さんに抱きついたまま、俺は首を横に振った。
透さんは、みっきーのこと、もう大丈夫だからって、言ってくれてたけど、でも、やっぱり、あの時の事は、今でも俺の心の隅に引っかかっていて……。
しかも、初めてドライを経験したのがあの時だったなんて、本当に俺もう……、それダメじゃんって思う。 お仕置きされても当然なんだけど、いや、透さんのお仕置きなら、いつでもOKなんだけど! でも透さんの顔を見ることが出来ないエッチなんて、やっぱり我慢できなかった。
「ごめんなさ……、透さん…… っ、俺、…… やっぱ、我慢できなくっ…… って」
「え…… ? 我慢って? 何を?」
透さんは、しゃくりあげながら途切れ途切れに答える俺の頬を、優しく両手で包んで、覗き込むようにして目線を合わせた。
「透さんの顔が見えないのっ、我慢できなっ…… だからっ、ごめん、なさ…… っ」
「なんで……、謝るの?」
「…… だって……、目隠ししたのは、お、お仕置きだったんでしょ?」
俺がそう言うと、それまで心配そうな表情で俺を見つめていた、透さんの口元が緩んで、プッと吹き出して笑われてしまった。
「お仕置きって……」
「ち……、違うの?」
「なんでそう思ったの?」
「だって、俺が初めてドライを経験した時の相手が透さんじゃなかった…… から…… ?」
「ああ……、それは…… 」
透さんは、そこで一旦言葉を区切り、俺の体をギュッと抱き寄せた。
「光樹先輩に、直くんの初めてを盗られたのは、ちょっと悔しいけど……」
耳元で、呟くような声が聞こえて、胸がキュッと掴まれたように痛くて。
「やっぱり俺が悪いからっ……。 あの時俺がみっきーと、あんなことに—— っん……」
勢いよく顔を上げて、途中まで言いかけた言葉は、唇を透さんの人差し指で押さえられて、遮られてしまう。
「直くん、あの時の事、まだ気にしていたの?」
そう言って、俺の髪を撫でながら、見つめてくる瞳はすごく優しいけど、俺は応えられなくて俯いてしまった。
透さんは、そんな俺の頭をポンポンと優しく叩いて、クスっと小さく笑う。
「でもね、光樹先輩のことがあったから、俺は自分の気持ちに気付くことができたんだよ」
心地良く響く優しい声に、不思議と気持ちは落ち着いていく。
頭を引き寄せられて、俺は透さんの肩に顔を埋めた。
「生まれて初めて嫉妬して、生まれて初めて手放したくないと心から思った。 生まれて初めて本気で好きになった」
頭のてっぺんに、チュッとキスを落とされて、顔を上げれば、優しい瞳に見つめられていた。
「直くんも……、そうじゃない?」
—— 俺も…… そう。 本気で好きだと思えたのは、透さんが初めてだった。
あの時、考えて悩んで後悔することで、気付いた気持ちが確かにあったから。 と言って、透さんは少しはにかむように微笑んだ。
「直くんが、俺の初恋なんだよ」
「…… 透さん……」
「少しだけ遠回りしたかもしれないけどね」
どうしよう……。 俺、やっぱり透さんが大好き過ぎる。
「光樹先輩に直くんの初めてを先に盗られたのは、確かに悔しいけど、でも、これからは、直くんの初めては全部……、俺も一緒に経験できるんだから」
—— だから一緒に初めての経験いっぱいしようね。
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