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 ―― Moonlight scandal (1)

「おいで、直くん」  ソファーに腰掛けた透さんが、優しい声で、俺を呼ぶ。  湯上りの透さんは、髪がほんの少し濡れていて、白い肌がほんのりピンクに染まっていて…、  そんな色っぽい人に「おいで、」なんて呼ばれたらもう……!  もしも俺に尻尾があったら、今、凄い勢いで振ってると思う。 「うん!」って元気よく返事したけど、きっと「わん!」って聞こえてるに違いない。  透さんの足の間に腰を下ろして、透さんを見上げると、優しい瞳が見詰め返してくれる。 「ちゃんと乾かさないと駄目だよ」  そう言って、ドライヤーの風をあてながら、俺の髪の毛を長い指で梳いてくれる。  透さんに髪を弄られると、気持ちよくて眠たくなっちゃうんだけどな…。 「…… うん」  髪の間を滑る指の心地よさに、透さんの膝に顎を乗せて、目を閉じる。 「直くんの髪は、柔らかいね」 「猫ッ毛だから、朝とか寝癖がついちゃって、結構大変なんだよ」 「そう?でも、はねてるのも可愛いよ」  耳に透さんの声が甘く響いて、髪を梳く透さんの指が、気持ちよくて。 「ああ…しあわせ」と、呟くと、頭の上で くすっと、透さんが笑っているのを感じる。 「直くん、眠そうだね。そろそろ寝る?」 「えっ?眠くないよっ?」  透さんの膝から、ガバッと顔を上げて、まだ眠たくないって、子供みたいに訴えた。  だって折角、透さんと一緒にいるのに、寝てしまうなんて、時間がもったいない!  学校は夏休みで、今はもう8月。  透さんは、『もう、家に振り回されるのは、やめたから』と言って、  勤めていた会社も辞めて、実家の経営する会社にも戻らず、そのまま実家とも疎遠になっていた。  透さんは笑いながら、『勘当されちゃった』って、言ってたけど……。  透さんの実家の経営している会社は、地域密着型の工務店から徐々に規模を大きくして、広域展開するようになった住宅メーカーだけど、まだ関西方面での認知度が低い。 婚約者だった相手の家は関西では根強く人気のある工務店だった。 透さんが結婚する事で、更に規模拡大を目指す、成長戦略となる筈だった。 『家族が幸せになれる家を設計したい』  それは、将来会社を継ぐ為と言う理由で、幾つもの部署を経験していた透さんの夢だった。  透さんが今、勤めている会社は、設計事務所。  そこの社長が古くからの知り合いで、前からその会社に入る話はあったらしい。  仕事が忙しくて、休みの日も出勤したり、家に仕事を持ち帰ったりで、二人でゆっくりと過ごせる時間は、とても貴重で。  だから俺は、夏休みの間だけでも、透さんのマンションで暮らしたいって、提案してみたんだけど。 『ご両親にお金を出してもらって、一人暮らしをさせてもらってるんだから、それは駄目だよ。それに、啓太くんと一緒のマンションに住むって言うのが、一人暮らしの条件だったんでしょ?』と言われてしまった。  ―― 確かにそうだけど!  でも、なかなか会えないんだし、一週間に一回くらいはお泊りしてもいいでしょ?って、俺が我侭言って……、  って、俺は我侭だとは、思っちゃいないんだけど……。  だから、こうしている時間は、大事なんだ。 寝てる場合ではない!

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