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 ―― Moonlight scandal(24)

 強く引きとめられたせいで、片足を前に踏み出したまま、反動で上半身だけが勢いよく後ろに振り返った。  自分の腕を掴んでいる、見覚えのある手。 そこから視線をゆっくりと上へと上げる。 「直 くん、どうして逃げるの」 「透さん……」  迷惑をかけたくなくて、あの場から離れたのに……。  透さんは息を切らしながら、俺の腕を掴んだ手にギュっと力を込めた。  掴まれた腕を、引き寄せられて、そのまま透さんの肩に顔を埋める体勢になる。  二人の横を、多勢の人が通り過ぎて行くのに。  道路を走る自動車の騒音が、聞こえている筈なのに。  まるで、自分達の居る場所だけが切り抜かれたように、雑踏も喧騒も、その瞬間から消えた。  さっきまでの、焦燥感が嘘のように引いていく。 聞こえてるのは、お互いの鼓動だけ。  透さんの傍に居るだけで、触れているだけで、どうしてこんなに落ち着くんだろう。 「直くん……」  耳元で、名前を囁かれて、俺はやっと今の状況を思い出す。  再び周りの喧騒が聞こえてきた。 「あっ、あ、ごめん、ごめんなさいっ!」  慌てて、透さんから身体を離して見上げると、心配そうに俺を見つめる瞳と目が合った。 「直くんが、謝る事ないでしょ?」  クスッと笑いながら、俺の頭を優しく撫でてくれる。 「だ、だって、こんな人通りの多い場所で……」 「それは、俺からした事だから、直くんは悪くないでしょ?」  そう言いながら、今度は声を上げて笑う。 「そうだけど……、でも、元はと言えば、俺が逃げ出すみたいな事したから……」  そうだ。 俺が逃げなければ……。 あの時、普通に透さんと話をすれば良かったのに。  俺が逃げるような事をしたから、透さんは大事なパーティー中なのに、俺を追いかけてホテルの外まで出てしまったんだし。  なのに透さんは、「そんな事は、全然大丈夫だよ。 直くんが逃げ出したくなる気持ちは、なんとなく分かるから」と、言ってくれる。 「あっ! それより透さん、こんな所にいていいの? 早く戻らないと!」  —— これから婚約発表があるって言ってたけど……。  その言葉は、口には出さずに飲み込んだ。  透さんが、婚約。  例え政略でも、透さんにその意思がなくても、もう美絵さんとの婚約は、紛れもない事実で、そして近い将来二人は結婚する。  俺は、何となく、その事は、理解していて……。  透さんと俺は、男同士だから、勿論結婚なんて出来るわけないんだから。  つまり、それって俺は愛人って事かなぁ……。 なんて馬鹿な事を考えてしまう。  駄目だ……。 そんな事考えてたら、気分が地の底まで落ちそうになってきた。 「直くん、なんて顔してるの」  だけど、一人で考えて勝手に落ち込みそうになっている俺の顔を覗き込んで、透さんが続けた言葉は意外なものだった。 「もう、パーティーでの俺の役目は終わったんだよ。 だから、もうこの後は、戻らなくても大丈夫」

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