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―― Moonlight scandal(23)
「直くーん、ごめんねー」
後ろの方で、テルさんの呼ぶ声が聞こえて振り向くと、化粧室から出て来たテルさんが、小走りで此方へ駆け寄ってくるのが見えて、俺は内心ホッとする。
これでもう、此処から離れることが出来る……。 そう思ったから。
「今ね、お父さんから電話があって、あと5分位で着くって。 …… あ……、えぇっと、こちらの方は?」
俺の傍に駆け寄ってきたテルさんが、美絵さんに気が付いて、不思議そうに、俺と美絵さんを交互に見ながら、小さな声で俺に訊いてくる。
「あ……、えと……」
どう紹介しようかと迷っていると、また後ろから、よく知ってる声に呼ばれて、肩が震えてしまった。
「…… 直くん?」
俺の名前を呼ぶ優しい声は、振り返らなくても、透さんだと確信できる。
でも、振り返るのが怖かった。
—— 俺、今、どんな顔してるだろう……。
美絵さんに嫉妬してる、醜い顔。
それとも、今にも泣きそうに情けない顔をしてるかも。
それに、今から大事な婚約発表があって、透さんにその意思は無くても、ここにはマスコミなんかも沢山来てて、俺なんかが居たら、透さんに迷惑かけてしまうし。
—— 何でもないふりして、早くここから立ち去らないと!
そんな事しか、考えられなくて……。
「テルさん、親父もう直ぐ着くなら、一人で大丈夫だよね?」
俺の言葉にテルさんは、不思議そうな顔をしながらも、「うん」と頷いてくれた。
「じゃあ俺、悪いけど、ちょっと急用思い出したから、先に帰るね。 ごめんね」
それだけ言って、俺は透さんの方を振り返らずに駆け出した。
「えぇ ? 直くん?」
テルさんが少し慌てているのが分かったけど、取り敢えず、ここから離れないと。 それしか頭になかった。
「直くん! 待って!」
下への階段を一段降りた辺りで、透さんの呼ぶ声が追いかけてくるのと同時に、「透さんっ!」と、それを引き止めるような美絵さんの声が聞こえて……。
俺は、それ以上何も聞きたくも、見たくもなくて、一気に1階まで駆け下りた。
自動ドアを擦り抜けて、外へ飛び出すと、途端にムッとした熱気が身体を包む。 じんわりと汗が、背中や額に滲んでくる。
それは、暑いだけではなくて、冷んやりとしていて、何か焦燥感のようなものが込み上げてくる。
目の前のスクランブル交差点を行き交う人々の雑踏に、くらりと眩暈を覚えた。
—— くそっ、どっち行けばいいんだ!
知らない場所でもないのに、焦りからか、まるで方向を見失ったかのように、立ち尽くしてしまう。
—— とにかく、ここから離れたい。
それしか考えられずに、足を一歩踏み出した瞬間、後ろから強い力で腕を掴まれた。
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