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 —— Moonlight scandal(33)

「…… ありがとう。 透の事を大切に想ってくれてるんだね」  お父さんは口元を緩めて、穏やかに微笑んだ。 「ありがとう」と言う言葉は、そのまま素直に受け取っていいものなのか、戸惑ってしまう。 「うちは家庭の事情で、透には色々と辛い思いをさせてしまって。 そのせいか、透は愛情と言うものを信じていないところがあってね」  —— 家族の愛情も、恋人の愛情も、夫婦の愛情も、そんなものは儚い物だと思わせてしまったから……。  そう話を続ける、お父さんの表情はとても寂しそうで……。 「唯一、妹の静香だけは、大切に思っていたようだけどね」  妹の静香さんと透さんが、カフェに通っていた姿を思い出す。  本当に仲が良さそうだった。 俺が恋人と間違うほどに。  両親の離婚で、離れて暮らさなければならなくなった、兄と妹。  お母さんが亡くなって、静香さんはどんなに心細かっただろう。  そんな静香さんの様子を 透さんは毎週のように会って見守っていた。 静香さんが結婚してアメリカに行くまで。 「でも今は、直くんが透の傍で、相手を想う幸せを教えてくれているんだね」 「…… そんな! 俺はそんな…… 特別なこと何もしてないです」  色々自信がなくて、段々と声が小さく細くなっていってしまう。  —— いつも透さんに我儘ばかり言ったりして、迷惑かけてばかりなのに……。 「特別な事なんか、何も必要無いんだよ」  そう言って、お父さんは、立ち上がって此方に歩み寄ると、俺達の目の前に屈み込み、俺と透さんの手を取って、両手で二人の手を纏めて握りしめてくれた。 「今、言ってくれた気持ちが、大切なんだよ」  —— 相手を想う気持ち。 それだけで、いいんじゃないのかな。  そう続けながら、お父さんは俺と透さんを交互に見つめる。  —— 握りしめてくれている手が、すごく温かい。 「二人共、この手が離れないように、今の気持ちを忘れてはいけないよ」  そう言って、優しく微笑むお父さんは、透さんにとても似ていた。  *********  —— 本当に、これで良かったんだろうか……。  お父さんは、俺との関係は、認めてくれたみたいだけど。  病院を出て、駐車場までの並木道を歩きながら、俺はお父さんの言った事を思い返していた。 『親子の縁を切ったんだから、美智代に何を言われても、家に帰って来るんじゃないよ』  そう言って、笑っていた。  帰り際、俺達が病室を訪ねた時に部屋に居た男の人に、透さんは『父のこと、よろしくお願いします』と、頭を下げていたけど……。 『私は秘書として、できる限りの事をするだけです』 と、応えた彼は、やっぱり最後まで無表情だった。

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