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 —— 幸せのいろどり(5)

 ****  だけど彼は、毎週金曜日に必ず店にいるとは限らなかった。  たまたまバイトが休みでいなかった、という時ももちろんあるだろうし。  俺の仕事が少し長引いて、いつもの時間よりも遅くに行くと、もう帰ってしまったのか姿が見えない時もある。  あれは、会社を出るのが遅くなってしまった夜だった。  その日も窓から店の中を覗いたけれど、彼の姿は見えない。  彼がそこにいないというだけで、俺はもう店に入る気が失せてしまう。  —— 仕方ない。  もう帰ろうと、小さく溜息を吐いて踵を返す。  車のドアを開け乗り込もうとして、店の前の歩道をわいわいと騒がしく歩いてくる3人の男女が目に映った。 「ねー、カラオケ行こうよ、直くん」  3人のうち、一人の女の子が嬉しそうな声をあげる。 「んー、いいけど……」  女の子二人に挟まれて、照れくさそうにそう応えているのは、カフェレストランの『彼』だった。  彼の両側から、しっかりと腕を絡めて歩いている二人の女の子は、何度か見かけた事がある、店の常連客だ。  明らかに、彼よりも年上で、いつも何かしら店で彼に話しかけていたのは、知っている。 「えー? カラオケぇ? じゃあさ、ホテル行こうよ」  もう一人の女の子の言葉に、俺は驚いて、じっと3人の会話に耳を傾ける。 「ちょっとぉー、じゃあホテルって何よー?」 「だって、めんどくさいじゃん、カラオケのある部屋とかあるじゃん。 ね、いいよね?直くん」 「いいけどー、俺、あんま金持ってないよ?」 「大丈夫、誘ったのうちらだもん」  笑いながら、3人は夜の街の人混みの中へ消えていく。  その後ろ姿を見送って、俺は今度こそ車に乗り込んだ。  エンジンをかけてから、細く窓を開けると、都会の喧騒が車の中へ流れてくる。  カレンダーはもう12月に入っていて、街はクリスマスムードで盛り上がっていた。  何処からか、聴いたことのあるクリスマスソングが小さく聞こえている。  先程の3人の会話を思い返して、思わず深い溜息を吐いた。 『彼』も、そういう人間なんだろうか。 『愛』がなくても、セックスができる。  特定の相手を作らない人間は、確かにいる。 『愛してる』『好き』と、心にもない言葉を囁ける人間。  簡単に、将来を約束出来る人間。  そして、簡単に裏切る。  —— 俺の父のような。  だから俺は、永遠を信じない。 相手に期待などしない。 『—— お前は、本気で人を好きにならない』  昔、誰かに言われた言葉が過る。  今まで、何人か「恋人」と呼べる相手もいたけれど。  好きと言う感情も、確かにあった。  でも……、それは本当に一瞬の夢のようで、いつも終わりは早かった。  愛なんて、一瞬で過ぎ去る夢。 人の気持ちは移ろいやすい。  変わらない愛など、 終わらない愛など、 この世にある筈はない……。  それは、俺自身がよく解っている事だ。  ふと、『彼』の明るい笑顔が、頭を過ぎって、もう一度、深い溜息が漏れた。  —— 俺は……、彼に何を求めていたんだろう。  ただの店員と客。 それ以上でも、それ以下でもない。  ただ、少し……。  そう……、少しだけ、残念な気がしただけだ。  あの素直そうな、明るい笑顔に癒されて、俺の父のような人間ばかりではないと、無意識に身勝手な期待をしてしまっていた。  一度、そう思ってしまっては、もう彼の笑顔に癒されることはないだろう。  もう、あの店に行くのはやめよう。  もう、二度と彼に逢うことは、ないだろう……。  そう思っていた。  今夜……、クリスマスイブに、何気なく車を降りて、立ち寄った公園で、こうして偶然に君に出逢うまでは……。

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