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 —— 幸せのいろどり(21)

 それは突然の静香からの電話がきっかけだった。 『お兄ちゃん、元気だった?』 「元気だよ。…… 静香は? 今どこからかけてるの」 『実は、昨日から日本に帰って来てて、今実家なの』 「…… どうして? もう俊之くんとケンカでも?」  結婚したばかりで帰ってくるなんて、もうケンカかと、冗談混じりに言う俺に、静香は、ちょっとふてくされたような声で反論してくる。 『やだ、そんな事で帰らないって言ったでしょう? 年末だから、大掃除とか、お祖母ちゃん達の事も心配だったし、おせち料理、一緒に作ろうと思って、帰って来ちゃった』  両親が離婚してから、静香は母の実家でずっと暮らしていた。 両親よりも長く傍に居てくれた祖父母の事を心配したのだろう。 年末年始を一緒に過ごすつもりで帰ってきたと言う。 『それでね、お兄ちゃんにも会いたいんだけど』 「うん、いいよ。 俺も一度そっちの家に行きたいと思ってたし」  久しぶりだし、俺もゆっくりしたいから、年末よりも、年が明けてからの方がいいかな。と、年末年始のスケジュールを頭の中で考えていた。 『ううん、こっちに来てくれるのも、お願いしたいんだけど、それより……、』 「それより?」 『あのね、私、あの店のケーキが食べたくて。 金曜日に買い物に行く予定があるから、その帰りに一緒に行かないかなって、思って、電話したの』  —— あの店……。  静香の言う、『あの店』とは、紛れもなく直くんがバイトをしている、あのカフェレストランのこと。 「……」 言葉に詰まって、一瞬の間が開いてしまった。 『…… お兄ちゃん? 都合悪い? その日まだ仕事かな』 「…… いや……、」  あの店、…… しかも金曜日。  静香の話を訊いて、一番最初に頭に浮かんだのは、  —— 直くんに、会えるかもしれない……。  逢わないことが一番いい選択だと、思ったばかりなのに。 もし逢えたとしても、直くんが連絡をくれないと言うことは、俺が店に行く事も迷惑かもしれないのに。 「いいよ……。 その日まで仕事だけど、早く終わる予定だし」  気が付けば、あの店で待ち合わせることを約束して、電話を切っていた。  —— もしも直くんに会えたとして……、それからどうするんだ。 「……」  いや、何があるわけじゃない。 客として行くだけだから、今までと変わらない。 顔を見て元気そうだったらそれでいい。 それだけ確認できたら、それでいい。  そう思っていた。  —— ただ会えるだけでいい…… と。

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