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 —— 幸せのいろどり(23)

 店に入るとすぐに、直くんの姿が視界に入った。  最初は入り口に背を向けていた直くんも、振り向いてすぐに俺に気付いて、目が合った。  俺が他のスタッフに案内されて席に着いても、お互い視線を逸らせることもなく。 最初は、少し驚いたような顔をしていたようにも思えた。 だけど……。 「…… いらっしゃいませ」 「…… こんばんは、直くん」  注文を訊きに来た直くんからは、俺に会って、気まずいとか、迷惑だと思ってるような感じはしない…… と思う。 「…… こんばんは、あの……、こないだは…… えと、」  何か言いたそうな……、でも上手く言葉にならない様子で、しどろもどろに口を動かす直くんに、少しホッとした。  嫌われてるわけじゃないと、思えたから。  だから、もう少しだけ、一緒に過ごす時間をもらってもいいだろうか。 なんて、欲が湧いてきてしまっていた。 「直くん、今日はバイト何時まで?」 「えと、7時までですけど……」 「じゃあ、待ってるから、一緒に食事に行かない?」 「え……」 「…… 駄目かな?」  もう少しだけでいいから、自分勝手かもしれないけれど、我侭を言わせてくれないかな。  好きだと、自覚してしまったけれど、その事を直くんに言って、困らせるつもりもないから。 「…… いえ……」 「じゃ、直くんのバイトが終わる頃に、外で待ってるね。 あと、コーヒーお願いします」 『いえ……』の後、まだ続きそうだった直くんの言葉に被せるようにして、そう伝える。 『でも』とか『だけど』を言わせないように。  少し強引だったかもしれない。  でも、直くんの顔を見てしまえば、このまま終わらせたくないという気持ちが大きくなってしまっていた。  ***  直くんのバイトが終わるのを待って、予約しておいた、美味い天ぷらのコース料理を食べさせてくれる店に行った。  天ぷらよりも、肉とかの方が直くんはいいんじゃないかな、とか心配していたけど、目の前で揚げてくれる職人技に、感動して見入ってる直くんの横顔が楽しそうで、この店に連れてきて良かったなと俺の顔も緩む。  そして、その横顔をずっと見ていたいなんて、思っていた。  店を出て、車の中で「この後、どうする? 俺の家で良い?」と訊いたのは—— 俺にとっては、賭けだった。  俺と、もうそういう関係になりたくなかったら、家に行くのは断るだろう。 もし、そうなら、それで俺も踏ん切りが付く。  そうしたら、これからはクリスマスイブに出逢った、あの日までと同じ距離を保とうと、思っていた。  —— 店員と、客の距離を……。  だけど……。  「はい」  直くんは、首を縦に振り、頷いた。

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