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 —— 幸せのいろどり(59)

「昨夜、飲みすぎたみたいだったから、二日酔いとか大丈夫かなと思って、様子見に寄っただけだよ」  問い質したくなる気持ちを何とか抑えている今の俺は、ちゃんと笑えているだろうか。 「え、あ、二日酔いは全然、大丈夫。 あ、あの、どれくらい待ってたの? 携帯に連絡くれたらよかったのに」 「そんなに待ってないよ。 それに俺も突然思い付いて、来ちゃっただけだったからね」  そう言い訳して、スーパーの袋を直くんの目の前に持ち上げた。 「食欲、ないかなーと思って。 苺なら口当たりもいいし、買ってきた。 食べれる?」  袋の中を覗いた直くんは、途端に嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれる。 「すごい美味しそう。 すみません、わざわざ……」  なのに、スーパーの袋を手渡すと、僅かに指先が触れ合っただけで、直くんの身体がびくっと小さく震えた。  そんな小さなことにさえ、胸の中を抉られるような痛みを覚える。  あの人に触れられた後に、俺に触れられるのは嫌なのかと……。  考えたくもないことばかりが、頭を過ぎっていく。 「直、くん……」  だから、ちゃんと確かめさせてほしい。  違うなら、違うと、言ってほしい。  俺を拒否したいなら、もう此処で、そうしてほしい。  俺じゃなくてもいいと言うのなら、断ってほしい。 「…… 部屋に、入れてもらえないのかな」  傷つけ合ってしまう前に終わらせられるのなら、それが一番いいのに。  直くんの大きな瞳が、驚きと戸惑いの色を浮かべながら俺を見上げた。 「いや、そんな事ない! 上がっていってください。 あ、でも……」 「でも?」 「あの…… 本当に、信じられないくらい狭いし、物凄く散らかしてるけど、驚かない?」  恥ずかしそうに、そう言う直くんの表情に嘘はなくて、俺は少しだけ安心して頬を緩めた。  —— だけど……。  それとは別に、直くんの戸惑う気持ちも確かに見え隠れしていることに、俺は気付いていた。  ***  横幅の狭い階段を、直くんの後から5階まで上っていく間に、何度もその背中に問いかけたくなった。  肩を掴んで、振り向かせて、視線を合わせて、本当のことを訊き出したい。  あの人と、何処で知り合った?  昨夜は、何処で泊まった?  ずっとあの人と一緒だった?  何故キスをしていた……?  それ以上の関係も、あるのか…?  次々と浮かんでしまう、責めるような言葉を振り払おうとして、俺は頭を振る。  ここがマンションの階段ということも忘れて、後ろから抱きしめてしまいたい。  直くんの体温を感じたら、俺の焦燥感も少しは消えてくれるかもしれない……。 と、そんな気がして。

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