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 ―― 幸せのいろどり(61)

「…… あの……、俺を送ってきてくれた人、サークルの先輩のお兄さんで……、車の中で煙草を吸っていたから……」  ―― サークルの先輩の……?  直くんが言うように、車の中で、髪や服に移ってしまった煙草の匂いなのだろう。  だけど……。 気が付いてしまった……。 「…… 付き合ってるの? さっきの人と……」 「…… え?」  唇を寄せた項に残る紅い痕に、なんとか保っていた理性が崩れ落ちていく。 「ここに……、」  その痕跡を消したくて、同じ場所をキツく吸い上げた。 「…… あ…… ッ」 「キスマーク付いてるね」 「…… ッ、」  何故、何も言わないんだ。  何故、違うと言ってくれないんだ。  否定して欲しいのに。  直くんは、俺の言葉に身じろぎもせずにいる。  キスをしていた二人の姿が頭を過ぎって、また胸が苦しく締め付けられる。  ―― その唇は、俺のものじゃないのか?  直くんの顎を捕らえ、顔を振り向かせて、貪るように口付けた。 「…… ん、…… ふ……、ッ」  合わせた唇の隙間から漏れる声も、何もかも、俺のものじゃないのか。  口付けを深くすればするほど胸の奥から込み上げてくる熱くて苦しいものを、閉じ込めたくて、直くんの身体をきつく抱きしめた。  ピーーーーーーーッ  コンロにかけていた、ケトルが激しい音を鳴らして部屋中に響く。 …… まるで、俺の行動を咎めているように聞こえた。 「…… ッ、ん……、と…… るさ、ん、ケトル……、んッ……」  ケトルが鳴り響いても、直くんから離れたくなくて、唇を貪りながらコンロに手を伸ばして火を止めた。  ケトルの笛の音の変わりに、沸騰したお湯の跳ねる音と、唾液の混ざる水音が聞こえている。  キスを続けながら直くんの身体を反転させて、その咥内を余すところなく犯していく。  あの人の触れたところは、全部俺の愛撫で上書きしたい。  拒否することもなく、腕の中で身を任せる直くんは、俺のことをどう思っているのか。  ―― あの人のことを、想っているのか。  お願いだから、何か言ってくれ。  ジップアップのニットの前を開け、シャツのボタンを外していくと、前立ての隙間から肌に残る紅い痕を見つける。 「…… ッ、」  俺は声にならない声を漏らし、直くんの肌蹴た肩へ口付けて、甘噛みをして……。 「…… 抱かれたんだね、さっきの人に」  呟くように漸く出せた声は酷く掠れていて、自分の声じゃないように感じた。 「…… とおるさ、ん、」  直くんが俺の髪に指を挿し入れて、肩に埋めたままの顔を見ようとする。 「ダメだよ、今、俺の顔を見ちゃ」  今の俺は…… きっと醜くて、冷たくて、嫉妬に狂った酷い顔をしているに違いなかった。  ―― それに、哀しくて。  熱くて苦しいものが胸の奥から込み上げてくるのを、我慢できずに吐き出してしまいそうだった。  直くんの首筋から、鎖骨、胸、腹へと、触れていく。  あの人がつけた紅い痕を、指で辿りながら。

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