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―― 幸せのいろどり(79)
だけど翌朝、出社すると、思いもよらない事態が待ち受けていた。
「…… 辞令…… ですか」
「そう。 月曜からだそうだよ」
内辞の段階ではなくて、いきなり来週の月曜から大阪本社勤務の辞令。
「いよいよ縁談も決まるそうじゃないか」
人の良い支店長は、多分、皮肉でもなく、社交辞令でもなく、心から「良かったな、おめでとう」と口にする。
「―― ありがとうございます」
何故、こんな急に話が進んだのか……。
自分の知らないところで、何かが勝手に動き出している。 そんな気がしてならない。
「―― 月曜着任となると、色々慌しいけど、送別会は今夜でいいか?」
支店長室から帰ってきた俺に、同僚の 春日野 道 が声をかけてくる。
「―― 今夜…… ? いや…… 今夜は……」
同僚の『今夜』という言葉に、躊躇してしまった。
今日は金曜日。 ―― あのカフェレストランに行けば、直くんに逢えるかもしれないと思っていたから。
「でも、皆さん急過ぎて、困るんじゃないかな。 送別会なんて柄でもないから、いいよ」
「みんなが来なくても、俺が行くだろ? お前がそう言うんなら、内輪だけでやるって事にしたらいいし。 何? 都合悪い?」
道 は入社以来、社内では唯一友人として俺と接してくれていた。 送別会というよりは、暫く会えなくなるだろう友人としての呑みの誘いを、簡単に断るわけにもいかない。 と、思い直した。 直くんと逢うのは、カフェレストランじゃなくても、彼のマンションに直接行く方が確実かもしれないし……。
「いや、大丈夫だよ」
「ん、そっか、じゃあ、後でな」
そう言って、学生時代からテニスをやっていた道は、健康的に焼けた顔に白い歯を見せてニカっと笑った。
***
引継ぎや諸々の雑務に追われ、結局予定時刻よりも遅れて、道に教えられた居酒屋の戸を開く。
「遅かったな」
予約してくれていたらしい、モダンな和の個室には、道の他に女の子が二人いて、すでに3人ともできあがっていた。
「ごめん、遅くなった」
道と二人だけだと思っていた俺は、少し驚きながらも、4人席の掘り炬燵の空いている席に、コートを脱いで座った。
隣に座っている女の子も、道の隣席の女の子も、仕事の事以外は普段あまり喋ったことがない。
顔と名前くらいは知っている。 今まで社内の女の子達とは、それくらいの関係でしかなかった。
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