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―― 幸せのいろどり(83)
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電車を降りて駅を出ると、冬の夜の寒々しい空が広がっている。 だけど冷たい風が肌を刺すのも気にならなくて、早く逢いたい気持ちが、歩く足を自然に速くさせる、
いつの間にか、直くんのワンルームマンションまでの道を、自分でも気付かないうちに走り出していた。
マンションに着いて、エントランスインターホンの前で肩で息をしながら、部屋の番号を思い出す。
白い息を吐きながら、番号を一つずつ間違わないように入力していく。
胸の鼓動は、走ってきたから…… という理由だけではないのかもしれない。
暫く待っても応答はなくて、もう一度押してみるけれどインターホンからは物音ひとつしない。
―― まだ帰っていないのか…… それとも……。
こういう時、すぐに物事を悪い方に考えてしまう。
そんな風に考えないように気持ちを落ち着かせようと、無言のインターホンから一歩後ろに下がった。
コートのポケットから携帯を取り出して、直くんの番号を表示する。
俺が電話をかけても、もしかしたら、出ないかもしれないけど……。 少し迷うが、逢う為には今はそれしか方法がなかった。
だけど、通話ボタンを押そうとした時、中からマンションの住人が出てきて自動ドアが開いたのに驚いて、携帯をまたポケットに入れる。
軽く頭を下げて、足早に外に出て行くその人に俺も会釈して、そのままマンションの中に足を踏み入れた。
中に入ったところで、直くんが家に居なければ、どうしようもならないのだけれど。
幅の狭い階段を取り敢えず5階まで上っていく。
直くんの部屋の通路側にある小さな窓からは、灯りは見えない。
「やっぱり…… 留守、か……」
時計は、もう10時を回っている。
バイトの後、どこかへ遊びに行ったんだろうか。
このままここで、もう少し待っていようか。
そんなことを考えながら、もう一度携帯を取り出した。
電話をするのが、一番確実だろう。
だけど、通話キーを押すのを躊躇させるのは、最後に見た直くんの姿だった。
―― 『…… 俺、もう、連絡しないっ、もう透さんには会わないっ』
怒りに声を震わせて、俺のアドレスを消した直くんの顔が忘れられなくて。 きっと嫌われているだろうな、と、また考えている自分に呆れて小さく笑ってしまう。
電話をしても、もう俺とは逢いたくないと言うかもしれない。 それ以前に、俺だと分かって、電話に出てくれない確率も高い。
だけど…… 今は、この方法しか思い浮かばないから……。
意を決して、指が通話キーを押そうとした瞬間……
「―― あのぅ…… ?」
後ろから、戸惑いがちな声をかけられて振り返ると、其処には直くんと同じくらいの歳だろう男の子が立っていた。
「えっと…… 直のお知り合いですか?」
抱えたダンボール箱を重そうに持ち直して、彼は俺を見上げる。
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