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 ―― 幸せのいろどり(84)

「…… こんばんは。 そう、直くんの…… 知り合いなんだけど、留守みたいで」  そういえば、同じマンションに幼馴染が住んでるって、言ってた…… と、ふと思い出した。 「もしかして…… 君は、啓太くんかな」 「そうです」  啓太くんは人のよさそうな笑顔をむけて、「あの、俺でよければご用件をお伺いしますが…… ?」と、言ってくれたけれど……。  ひょろりと背の高い啓太くんは、細い腕で抱えているダンボール箱が重いのか、何度も抱えなおしている。 「ありがとう。 でも…… また来るからいいよ」  寒くて、ダンボール箱の底を持っている指先が赤く悴んでいるように見える。 早く俺がこの場から立ち去らないと、余計に寒い思いをさせてしまいそうだった。 「え? いいんですか?」 「うん、じゃあ、俺はこれで」 「あ、はい、さようなら」  俺は啓太くんに会釈をして、さっき上って来たばかりの階段を下りて、来た道を戻りながら、自然に深い溜息を白い息と共に吐いてしまう。  バイトが終わって、この時間でも部屋に戻ってないのなら、何処かに遊びに行ったんだろう。  今日中に逢いたかったけれど……。  それでも、ふと、思い出して立ち止まり、コートのポケットから携帯を取り出した。  さっき、かけようとして、不意に啓太くんに声をかけられたから、直くんの番号が画面に表示されたままだった。  ―― やっぱり、かけてみよう。  そう思って通話キーに指を乗せた途端、携帯が振動して、ドキンと心臓が高鳴った。 「―― !」  そんな都合の良い事がある筈ないのに、俺は何故か期待してしまい、画面の表示を確認せずに通話キーを押した。 ―― もしかしたら、電話の相手は、直くんかもしれないと。  直くんからは、かかってくる筈がないのに。 「―― もしもし?」 『…… 透さん?』  電話の向こうから聞こえてきた声は、父親の再婚相手…… 俺の継母だった。  あり得ない事とは言え、期待してしまっていた事との大きすぎる違いに落胆が隠せなくて、自然に声も低くなってしまう。 「…… はい」 『今朝、辞令が出たでしょう? 今、何処にいるのです?』  やはり、辞令のことは継母も知っている…… ということは、この移動は継母の思惑も絡んでいるように思える。 「同僚達が、送別会をしてくれていたので、まだ外です」 『あら、そう。 じゃあまだマンションには帰ってないのね? それはちょうど良かったわ』  何がちょうど良かったのか…… 継母の言葉に疑問と胸騒ぎを覚えた。 悪い予感がして、仕方ない。 『もう来週の月曜日には向こうに着任なのでしょう? 時間があまりないので引越しはもう済ませておきましたから』  ―― え? 「引越しって?」 『透さんの部屋の荷物ですよ。 着替えや透さんの書斎のものは大体送っておきましたけど、食器類や家具などは必要ないので処分しておきましたからね』 「……」  あまりの驚きに声も出ない。 いくら何でも、勝手にそこまでやってしまうなんて思ってもみなかった。 「処分した物以外は、どこに送ったんですか?」 『どこにって……、決まってるじゃないの。 透さんと美絵さんの新居ですよ』

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