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―― 幸せのいろどり(99)
公園の木々に囲まれてカーブした小道に、人の影が見えてくる。
カーブを抜け出てきたその人は、周りの暗さに溶け込んでいるけれど、段々近付いてくるにつれ、暗闇の中から浮き出るように、ぼんやりとその姿が見えてきた。
シルエットしか分からないのに、心がどよめく。
彼は、俺が座っているベンチから、10数メートル前を通り過ぎようとしている。
気が付いていないのか…… それとも……。
声をかけるのを、一瞬ためらってしまう自分が、腹立たしい。
だけど、ちらっと此方に向けられた瞳と視線が合って…… 彼は足を止めた。
離れた位置で見詰め合ったまま、ほんの数秒の時間が流れる。
それはとても長く感じられる数秒間。 心臓はさっきよりも激しく脈打っている。
顔がよく見えなくても、彼だと分かっているのに、何故だか足が動かない。
漸く立ち上がって、俺は携帯を取り出した。
携帯を操作する指先が震えているのが、自分でも可笑しい。
ヴーーーッ、ヴーーーッ……
薄暗闇の先で鳴り響く音は、すぐに聞こえなくなる。
彼が、携帯をゆっくりと耳にあてる動作が、シルエットでわかる。
だけど、通話口からすぐに聞こえてこない声に、胸がしめつけられてしまう。
「…… 直くん?」
…… 声に出して名前を呼んだのは、いつぶりだろう。
名前を呼ぶだけの事が、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
もっと近くではっきりと君の顔が見たい。 俺は、携帯を耳にあてたまま、ゆっくりと距離を縮めていく。
何も喋らない直くんの顔が、段々とはっきりと見えてきた。
「…… まさか…… ここで逢えるとは思わなかったよ」
驚いて見上げる深いブラウンのその瞳には、ちゃんと俺は映っているだろうか。
「…… 透さん……」
掠れていて小さいけれど、ずっと聞きたかった声が、携帯からと目の前の直くんから、俺の耳に同時に届く。
名前を呼ばれることが、こんなに意味のあることだなんて、今まで考えたこともなかった。
「久しぶりだね」
ここで逢えたことが、なんだかまだ夢のようで、思わず抱きしめて確かめたい衝動に駆られる。
だけど直くんは、まだ硬い表情を崩していなくて、俺は伸ばしかけた手を携帯電話と共にジャケットのポケットに入れた。
俺と同じように、直くんもまた、俺に逢いたいと思ってくれているとは限らないのだから。
何から話そう…… 俺は、直くんに言わなければならない事が沢山ある。
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