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―― 聖夜と生クリーム味の……(7)
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私服に着替えて、店を出ると、外は雪でも降るんじゃないかと思うくらい寒い。空気が澄んでいて、冬の匂いがしているような気がした。
「う~、寒いな」
寒さにかじかんでくる指先に、はあはあと白い息を吐きつけながら、足早に駅までの道を急いだ。駅近くに公園があって、公園の中を通り抜けると、近道になる。
少しでも近道がしたくて薄暗い公園の中に入って行くと、この寒いのに、一人の男性がベンチに腰掛けているのが見えた。
(あんな所で寒くないのかな……)
そう思いながら、男の人が座っているベンチの前を通り過ぎようとしたら、その人もこちらに気が付いて、目が合ってしまった。
(…… あれ?)
普通なら、そのまま目を逸らして通り過ぎるとこだけど、その人と目があったまま、俺は立ち止まってしまった。
だって、公園のベンチに座っていたのは、金曜日にいつも店にくる、憧れのあの人だった。
彼も俺から視線を外さずに、じっとこちらを見ていて……、そして、ゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
公園は薄暗くて、最初はよく顔が見えなかったけど、距離が近づくにつれて、その整った綺麗な顔が、街灯に照らされてはっきりと見えてきた。
「こんばんは」
意外にも、彼の方から声をかけてきた。
「こ…… こんばんは!」
何故か緊張する俺。
「君、カフェの店員さんだよね?」
「あ、そっ…… そうです!いつもありがとうございます」
ぶっ…… 声が上擦ってしまった。
と言うか、俺のこと覚えてくれてたんだ、この人……。そう思うと、なんか感動する。
「あれ、俺の顔、覚えてくれてたの?」
と逆に訊かれて、なんかすげえドキドキしてきた。
「はい、それは勿論覚えてますよ。」
「今、バイトの帰り?」
穏やかな笑みを浮かべて訊いてくる彼の声は、外見と同じく優しい響き。
「はい、そうなんです。えと……」
(あなたは?)と訊き返しそうになって、名前なんて言うんだろう……と、詰まってしまった。
口籠る俺を、あの瞳でじっと見つめてる! そして優しく微笑みながら、
「あ…… 俺は、篠崎…… 篠崎透 と言います」
と、まるで俺の心の中を読んだかのように、名前を教えてくれた。
―― 名前ゲットした!
なんかすげえ嬉しくて、ガッツポーズしたいくらいなんだけど。なんでこんな嬉しいのか、それにドキドキも半端ないんだけど!
「よかったら、君の名前も教えてくれる?」
喜んでるのを悟られないように、少し俯いていた俺の顔を、覗き込むようにして訊かれて、思わず顔が熱くなった。
「あ、俺は 高岡 直 と言います。」
「直くんか、いい名前だね」
名前で呼ばれて、ちょっと照れる。
「あ、えと篠崎さん……」
「透でいいよ?」
そう言われて、さらに顔が熱くなる俺。
だって、初対面の(初対面って訳じゃないけれど……)年上の人を、いきなり名前で呼ぶのは抵抗あったんだけど……。
「あ、えと…… じゃ…… 透さん……」
ためらいがちに、そう呼んでみると、「ん?」と、透さんは応えて、にっこり微笑んだ。
至近距離で見る彼の顔は、一段と綺麗で……。
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