8 / 351

 ―― 聖夜と生クリーム味の……(7)

 **  私服に着替えて、店を出ると、外は雪でも降るんじゃないかと思うくらい寒い。空気が澄んでいて、冬の匂いがしているような気がした。 「う~、寒いな」  寒さにかじかんでくる指先に、はあはあと白い息を吐きつけながら、足早に駅までの道を急いだ。駅近くに公園があって、公園の中を通り抜けると、近道になる。  少しでも近道がしたくて薄暗い公園の中に入って行くと、この寒いのに、一人の男性がベンチに腰掛けているのが見えた。 (あんな所で寒くないのかな……)  そう思いながら、男の人が座っているベンチの前を通り過ぎようとしたら、その人もこちらに気が付いて、目が合ってしまった。 (…… あれ?)  普通なら、そのまま目を逸らして通り過ぎるとこだけど、その人と目があったまま、俺は立ち止まってしまった。 だって、公園のベンチに座っていたのは、金曜日にいつも店にくる、憧れのあの人だった。  彼も俺から視線を外さずに、じっとこちらを見ていて……、そして、ゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩いてくる。  公園は薄暗くて、最初はよく顔が見えなかったけど、距離が近づくにつれて、その整った綺麗な顔が、街灯に照らされてはっきりと見えてきた。 「こんばんは」  意外にも、彼の方から声をかけてきた。 「こ…… こんばんは!」   何故か緊張する俺。 「君、カフェの店員さんだよね?」 「あ、そっ…… そうです!いつもありがとうございます」  ぶっ…… 声が上擦ってしまった。  と言うか、俺のこと覚えてくれてたんだ、この人……。そう思うと、なんか感動する。 「あれ、俺の顔、覚えてくれてたの?」  と逆に訊かれて、なんかすげえドキドキしてきた。 「はい、それは勿論覚えてますよ。」 「今、バイトの帰り?」  穏やかな笑みを浮かべて訊いてくる彼の声は、外見と同じく優しい響き。 「はい、そうなんです。えと……」 (あなたは?)と訊き返しそうになって、名前なんて言うんだろう……と、詰まってしまった。  口籠る俺を、あの瞳でじっと見つめてる! そして優しく微笑みながら、 「あ…… 俺は、篠崎…… 篠崎透(しのざき とおる)と言います」  と、まるで俺の心の中を読んだかのように、名前を教えてくれた。  ―― 名前ゲットした!  なんかすげえ嬉しくて、ガッツポーズしたいくらいなんだけど。なんでこんな嬉しいのか、それにドキドキも半端ないんだけど! 「よかったら、君の名前も教えてくれる?」  喜んでるのを悟られないように、少し俯いていた俺の顔を、覗き込むようにして訊かれて、思わず顔が熱くなった。 「あ、俺は 高岡 直(たかおか なお)と言います。」 「直くんか、いい名前だね」  名前で呼ばれて、ちょっと照れる。 「あ、えと篠崎さん……」 「透でいいよ?」  そう言われて、さらに顔が熱くなる俺。  だって、初対面の(初対面って訳じゃないけれど……)年上の人を、いきなり名前で呼ぶのは抵抗あったんだけど……。 「あ、えと…… じゃ…… 透さん……」  ためらいがちに、そう呼んでみると、「ん?」と、透さんは応えて、にっこり微笑んだ。  至近距離で見る彼の顔は、一段と綺麗で……。

ともだちにシェアしよう!