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—— 迷う心とタバコ味の……(21)
―― 逃げようっ!
咄嗟に閃くと、体は勝手に動いた。
炬燵から出て、振り返りながら出口に向って立ち上がり、スタートダッシュを決めッ……ようとした途端、背後から誰かに腕を強く引かれて、勢いで体が反転する。
思い切り畳に背中を打って、天井が見えた。
出口の方に目を向けると、パタンと、戸は閉められる。
庭に出る掃き出し窓の方を見ると、窓に鍵を掛けて、カーテンが閉められる。
逃げようともがけば、両手首を畳の上に押さえつけられた。
「逃げようとしても、無駄」
啓太が俺の体に跨り、体重を乗せてくる。
「は…… 離せ…… ッ」
体にピッタリと、覆い被さってくる啓太の胸を押し退けたいけど、両手を強く押さえつけられていて、身動きがとれない。
「諦めるんだな」
「くそッ」
息がかかるくらい、啓太の顔が近いんだけど!
「おまえーーーっ!!退けよッ」
「やだ」
やだって、なんだよっ!
「と…… 友達だろ?俺達」
「そうだよ、友達だよ。 だから、お前のコスプレを見せてくれ」
なんだよ、それーーーッ!
まぁ、もう逃げることも出来ないのだから、諦めるけど…
「ふふっ、やっと大人しくなったようね?直くん」
テルさんが、化粧品を楽しそうに炬燵の上に並べているのが見えて、ため息が出る。
「もしかして、化粧もするの?」
「当たり前でしょー?」満面の笑みのテルさん。
「俺、超ーーーッ楽しみッ!」嬉しそうな啓太。
親父は、ニコニコと笑っているし……。
「今日は女装した直を連れて、夕飯は外食にしましょう」
姉ちゃんが、とんでもない事を言い出した。
―― そんなーーーーッ!
あれ?駄目じゃん、今日は透さんと約束してんじゃん。
「ごめん、悪いんだけど俺、夕方から約束あるんで、向こうに帰るんだ。だから外食は無理っ!絶対無理っ!」
良かった、逃げる口実があった!
「あら、そうなの?じゃあ、いいわよ? 女装のままで友達と会って、向こうのマンションに帰るまでが、罰ゲームって事で許すわ」
姉ちゃんが、またもや、とんでもない事を言い出した。
いや、まさか女装のまま友達と会えって、冗談でしょ? そんなこと本気でやらせる家族いないよね? あーもー、うちの家族って、本当に冗談好きなんだから……。
「あ、いいわねーそれ!んで、約束を守った証拠に直くんの部屋の前で写メ撮って、送ってくれたらいいよね」
て…テルさんまで、なんて事を…… 誰か、誰か、冗談と言ってくれ。
その時、ジーンズのポケットに押し込んでいた携帯が、不意に鳴った。
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