46 / 351
―― 迷う心とタバコ味の……(22)
「啓太、逃げないから退けよ、携帯が鳴ってるし」
啓太が俺の身体から離れて、やっと自由になった。
ハァーっと溜息を吐きながら、携帯の画面を見ると、透さんからの電話。
こんな状況で、家族の前で電話に出るのは嫌だったけど、周りを取り囲む面々の、絶対この部屋からは出さないぞ、と言う空気に威圧されて、仕方なく受話ボタンを押した。
「もしもし」
本当はすごくテンパってるけど、なるべく冷静を装った。
『あ、直くん?今大丈夫かな』
大丈夫じゃないけどーー!
「はい、大丈夫です。どうしたの?」
『うん、今日ね、悪いんだけど、少し遅れそうで、待ち合わせの時間、5時でもいいかな』
今日の4時に駅のロータリーで待ち合わせしていたけど、1時間位遅れそうと言う事だった。
「いいですよ、じゃあ、5時にロータリーで」
短く用件だけ済ませて、電話を切った。 ふ……、不自然じゃなかったよね? 俺。
「だぁれ? 彼女から?」
化粧品の準備をしているテルさんが、目をきらきらさせて訊いてきた。
せっかく冷静を保っていたのに、そのひとことで、あっさりと崩れてしまう。
「え? 違うよっ! と…… 友達ッ」
動揺を隠しきれない俺を、啓太が怪訝そうに、じろじろ見てる。 やばい……。
「ふーん、友達って?俺の知ってるやつ?」
と、痛いところを突いてくる。 啓太とは、大学も同じだから、共通の友人が多い。 これ以上突っ込まれると言い逃れる自信がないかも。
「え? あ、啓太は知らないやつなんだ」
「ふう~ん」
納得いかなそうな声音だけど、啓太はそれ以上は訊いてこなくて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「じゃ、そろそろメイクターイムっといきましょうか!」
その時、化粧品一式を炬燵の上に並べ終えたテルさんが、嬉しそうにそう言って、俺の地獄タイムが始まったのだった。
**
「うわーー、めっちゃ似合うよ、直くん!」
似合うわけないっしょ?テルさん……。
「おおっ! 俺、惚れそうー!」
啓太、お前、本気でキモイ。
「やっぱり、直は女物似合うよね、顔が女顔だもん」
嬉しくないよっ! 姉ちゃん!
「直、女だったのか。 父さん、知らなかったよ」
それ、違うから…… 親父……。
テルさんにされた、ばっちりメイクに、胸の辺りまでの長さで、下の方だけゆるいソバージュの金髪に近い色のウイッグに、黒いリボンカチューシャ。
黒いワンピースは、スクエアネックで、胸元はウエストから編み上げのコルセットタイプ。
スカート部分はティアードで、裾に大きめのスリットが入っていて、歩く度に太もも辺りまで見えそう。 そして、白と黒のボーダーのニーハイ。
「この服、どうしたの? 買ったの?」
わざわざこの日の為に、買ったとしたら、アホ過ぎるだろ?
「服は、昨年のお正月の福袋に入ってたのよ」
ああ、啓太を下僕にして、こき使った時ね。
「いくらなんでも、私の歳じゃ着れないしねー」
テルさん、いいから、着てください。
ともだちにシェアしよう!